戦妖記~小国の戦姫~

 底冷えした声で強く告げてから、「幻影術(げんえいじゅつ)」と小さく呟く。妖王はその言葉を聞き、にんまりと満足げな笑みを広げた。
「わらわに力を見せてみぃ」
「影縛」
 俺が唱えた刹那、妖王の影からシュッと紐の様な影が幾つも妖王の体に纏わり付いた。ビシッと体の自由を奪い、手を広げさせた状態でかっちりと固める。
「ほお、影を操る範囲が広がったのぉ。昔は自分の影だけだったのに、成長したなぁ」
「勝手にほざいてろ!」
 グッと拳を作ると、一気に締め上げていた影が細切れにしようとギュッと一気に力を上げるが。
 突然影の支配力が弱まり、縛りあげていた影がとろとろと瓦解し、影の世界に戻ってしまった。
 俺はその光景に目を見張ったが、「すまんのぉ、痛かったのでな。影を強制的に消した」と、妖王はニタリと意地悪い笑みを浮かべながら言った。
「これで終わり、な訳なかろうな?」
 余裕綽々な笑みを見せられ、俺は憤懣とするが。直ぐさま切り替え、指先を少し折り曲げた状態で手根部を合わせた。
「影牙衝来!」
 高らかに叫んでから、手をバッと閉じる。
 すると音も無く、妖王の影から巨大過ぎる影狐の頭が現れ、バクリと奴を喰った。そしてそのまま影狐は、天井にぶつかる様にして消えていく。
 巨大な影狐が去った後を見ると、鎮座していたはずの妖王の姿はどこにもなかった。広い部屋には俺一人で、はぁはぁと肩で息をする音が妙に響いている。
 かなりの妖力を食う術だが、これで奴を影の世界に閉じ込められたはずだ。これで、こっちは押さえた。後は、姫の元に駆けつけねば。
 つうとこめかみを流れる汗を拭い、呼吸を軽く整えながら部屋を飛び出そうとした時だった。
「お前、妖怪としての勘が鈍りすぎではないか?」
 ゾクリとする程の底冷えした声が耳元で聞こえ、バッと慌てて後ろを振り向くが。そこに奴はいなかった。
 居る訳ない・・よな。奴は影狐に食われて、影の世界の住人になっているはずだぞ。影の世界から逃れられる者なんか居ない。影の世界で苦しんでいるはずだ。
 でも、声が聞こえた・・よな・・・?
 暗然としながら前をゆっくりと向くと。
 ほんの数秒前は誰も座っていなかった玉座に、平然と妖王が鎮座していた。腹立たしい笑みを貼り付けながら。
「なぜだ・・・」