戦妖記~小国の戦姫~

 冷ややかな声が耳に入ると、ぶんっと扇に凄まじい力が込められ、ぶんっと俺は簡単に放り投げられる。
 ひゅーっと風を切りながら、俺は止まる術なく、ドンッと部屋の壁に強く激突した。九本の尾が幾らか緩衝材になったとは言え、背に強い衝撃を与えられて、カハッと呻きが漏れる。
 だが、これで終わる訳がない。
 グッと足で床を強く踏みしめて、膝をつこうとするのを耐え、もう一度奴に向かって行く。
「姫に、美張に手を出すな!」
「そうそう、その怒る姿を見たかったぞ。何も出来ない弱虫が、キャンキャン吠えるのは、実に滑稽であるからなぁ!」
 ケラケラと高笑いしながら、俺を待ち構えるが。妖王は頑として玉座から動かず、パタパタと扇で顔を煽いでいた。
 どこまで俺を侮るつもりだ、俺はもうあの時とは違うんだぞ!
 グッと唇を強く噛みしめてから、「食らいつけ、影狐!」と叫んだ。
 俺が叫んだと同時に、俺の影から影の狐が二匹軽やかに飛び出し、俺よりも速く妖王に向かって牙を突き立てに行くが。
「影狐は他多対一で力を発揮するもの、一対一では弱い」
 冷淡に呟くと、妖王は扇を影狐に向かって煽ぐ。
 すると影狐達の体が真っ二つに裂け、どろっと瓦解して影に戻ってしまった。それだけではなく、影狐達を斬り裂いた何かは俺にも当たり、バシュッと右腕が真一文字に深く斬られる。俺は堪らずに「ぐああっ」と呻き声を上げ、痛みに顔を歪める。
「次は右腕だけではすまさんぞ」
 冷徹な声で告げると、妖王は俺をスッと鋭い目つきで射抜いた。
「まさかこれ程に弱いとはのぉ、期待外れも良き所じゃ」
 神経を逆なでする言葉に、すぐに「黙れ」と噛みついてから、癒しの狐火で腕の傷を治す。真っ白の炎が当たった右腕は、すーっと傷が塞がっていき、綺麗な肌に戻った。
 そしてフッと小さく息を吐き出してから、自分の影を強く踏みしめる。
 すると影の中央部が、不自然にコポコポと泡立ち始め、そこからゆっくりと刀が現れ始めた。
 黒曜石の様に光る刀身を剥き出し、切っ先が鋭く尖り、切れ味が良さそうな刀。
 俺は上がってきた柄を持ち、その刀を影から一気に引き抜き、スッと構える。
「お前には美張にも、姫にも手を出させない。二度と、壊させやしない」