戦妖記~小国の戦姫~

 この女が、俺の父を目の前で残酷に殺した時を。高笑いしながら、幼い俺の前で虫けら同然に父を殺してから、幼かった俺も手をかけ、ここを追い出した、身震いする程恐ろしい時を。
 ブチッと頭の中で何かが切れる音がすると、天井の狐火がぶわっと消えた。光を無くした部屋は一気に暗転し、ゴゴッと屋敷が唸る様に揺れ動く。怒りを纏った俺の妖気に呼応して、宮廷に変化を訪れさせたのだ。
 だが、目の前の女は怖がらず、驚きもせず。ただ冷静に「ほお」と感嘆した声を漏らす。
「見事じゃ、実に見事な妖気じゃ。本気を出さずしてこれとは、流石わらわの子と言うべきじゃなぁ」
 愉快な物を見た口調で言うと、パチンと扇を閉じた。その音が部屋に響いた途端、俺の妖気がかき消され、再び真っ赤な狐火が列を成して部屋を灯す。
 消された、俺の妖気が。お互い本気を出していないとあっても、力の差を感じてしまう。まだ俺は、この女の力には敵わないのか。
 グッと唇を噛みしめると、鋭い犬歯がぶすりと刺さる。つうと液体が口の中に入り込みじんわりと鉄分の苦みが広がった。
「この母の強さを感じ取ったかの?」
「いい加減、母と言うのを辞めろ」
 すかさず噛みつくと、妖王はふふんと鼻を鳴らしてからパッと扇を開く。
「あーあ、悲しいのぉ。わらわはこんなにも息子を想うておるのにのぅ。母親らしく、雷獣を直々に倒しに行ったばかりか、主等を美張国に移動させたと言うのにのぉ。実に悲しいものじゃわぁ」
 おめおめとした口調で話しているが。顔は、ニヤリとほくそ笑まれている。
「何が狙いだ」
 苛立ちを隠せず、警戒している声で鋭く問い詰める。言葉だけでは足らず、全身で怒りを纏わせて威圧するが。妖王は俺の怒りに触れても、顔色一つ変えず平然としていた。
 それが更に腹立たしくなり、奴の態度が怒りを助長する。ギリギリと歯がみすると、目の前の女はコロコロと笑いながら告げた。
「雷獣から助けた事か?国に送った事か?それを問うているのなら、ひとえに子を思う母の愛情じゃよぉ」
「まだそんな戯れ言を言うのか」
 吐き捨てる様に返すが、「そうではないと、表舞台に姿を見せぬわらわが、あんな辺鄙な所にまで出向かんわぁ」とあっけらかんと答えた。
「それに、お前はわらわに気がついたぞ。そうじゃろ?じゃからわらわを見て、目を見張ったのであろ?」