戦妖記~小国の戦姫~

 真っ白で癖一つない長い髪。ピンと立っている縦耳。悪意に満ちた、深紅色の慧眼。ふさふさと妖しげに揺れる九本の尾。額に刻まれている紺色の雷。ニコリと微笑を称える、艶やかな唇の隙間から覗く、鋭い犬歯。玉座に添えている手からは、長い爪がキラリと光る。
 よく見覚えのある姿であり、顔を嫌悪で歪めてしまう姿。
 俺は仕方なしに敷物の上を歩き、女から少し離れた所に膝をついた。そして軽く額ずいてから「わざわざ何のご用でしょうか、妖王様」と素っ気なく尋ねた。
 そう。目の前にいる、この女こそ妖怪達の頂点であり、荒くれ者の妖怪達を意のままに動かす事が出来る、唯一の存在。
 その力は妖怪のみならず、人間の世界にも及んでいる。
 誰もが恐れ戦いているが、誰もその正体を知らない。それだと言うのに、人間達は妖王に恐怖を抱き続けている。
 そうなる仕掛けとは、実に簡単な事だ。長い時を生き続ける妖王に対し、人間は短命。妖王はそれを利用して、謀だけに参加し続けたのだ。朝廷の謀、幕府の謀、大名達の争い、大きな一揆。全ての謀の裏に控え、自分の思惑通りに進ませ、勝者も敗者も残酷な結末で終わらせ続ける。
 そして伝聞の曖昧性も利用し、裏で全て糸を引いていたと言う恐怖のみを残らせる。故に、人間達はその恐怖のみを伝え続けるのだ。
 つまり人間達は、見事に妖王の思惑に填まっていると言う訳だ。
 では、長い時を生きている妖怪達が妖王に恐怖を抱き続け、従うのはなぜか。それも簡単な事だ。力だけではなく、怜悧的な思考を持ち、残虐な性格をしている妖王には、誰も敵わないからだ。
 人間と妖怪。どちらも意のままに従える事ができ、どちらの世界も自分の好きな様に引っかき回す、最悪の王。
 それがこの女。玉藻前(たまものまえ)だ。
 妖王は「フフフ」と細い手を顎に添えながら妖しげに微笑んだ。
「久方ぶりの母に対し、随分と素っ気ないものじゃなぁ。のぅ、愛息子の御影(みかげ)よ」
 にんまりと口が開かれ、ぎらりと並んだ鋭い歯が見える。その歯の隙間から、くっくっと嘲笑う声が漏れていた。
 俺はギロッと目の前の女を睥睨しながら「その名はもう捨てました。俺は京だ、その名で呼ばないでいただきたい」と、吐き捨てる様に告げる。
 妖王はクックッと楽しそうに喉で笑い「こわぁ」と手に持っている扇を広げ、口元を隠しながらパタパタと煽いだ。