武田が攻めてきそうだと言うのに。この間は、うまく妖怪にぶつけさせる事が出来て切り抜けたが。今度はそうもいくまいよ。相手取るのは最強を謳う、武田の騎馬隊じゃ。入念な準備をせねばなるまい」
「今度も姫は前線ですか?」
「当たり前じゃ」
 食い気味に答えると、京は「左様で」と静かに答えた。
「今使いに出している、総介(そうすけ)が戻って来たら何か分かるであろう。直に戻ると、先日届いた文に書いてあったからの」
 名を伊武次郎総介(いぶじろうそうすけ)。総介と親しげに呼び、信濃に使いを出している、もう一人の側仕えだ。
 京と違って、誰にでも朗らかで人懐っこい。わらわよりも二歳上の十八歳だが、あまりそうに見えない。とても世渡り上手で、甘え上手で、誰にでも優しい。
 京と違って、ほんわかとして話しかけやすいからか。女房達からの人気が、少し京より強めなのだ。
 涼しげで人を寄せ付けない、妖しげな魅力がある京。太陽の様に明るく、誰にでも平等の優しさを注ぐ総介。
 女性からの人気も高いことながら、戦でも高い能力を見せつけて他を圧倒している。
 だからわらわは、この二人に全幅の信頼を置いている。こうして敵地の様子を見てくる遣いも、任せられるというものだ。二人は家族同然で、大切な存在と思っているのだが。どうもそれはわらわだけらしく・・・。
「ああ、そう言えばそんな事を任せていましたねぇ」
 京はどうでも良いと言う様に呟き、「道理で、ここ数日清々しい訳ですね。ね、姫」と、冷笑を浮かべた。
 この様に二人の仲は、イマイチと言うか。二人の間を流れる空気感が微妙なのだ。
 それだからか主君としても、ヒヤヒヤする場面が都度あって困るのだ。だが、バチバチに睨み合うような仲ではないし、戦でもお互い助け合っている。つまりは、そこまで仲が悪い訳ではないのであろう。
 うーん。主君のわらわですら、よく分からぬが。複雑な仲なのは間違いないのぅ。
「で、姫。まだ聞いていない事がありますよ。それを話してもらわないと」
「話しておらぬ事?」
 きょとんとした顔を見せると、京は「分かっているくせに」と嘆息した。
「裳着を脱走して、城下町に降りようとしていた訳ですよ。あんな事をしていた理由はなんです?」
 京からすっと視線を逸らして、「んん」と言葉を濁らせる。
「へ、平和かどうか。し、調べに行こうと、思っての・・・」