そんな不躾な事をする奴は誰かと思い、送り主に目を見やると。わらわの口から「えっ」と言葉が零れる。
信じられずに目をカッと見開き、何度も名前を見返してしまう。だが、しっかりと濃淡の墨で名は書かれており、印も強く押されていた。故に、その名は間違いではないのだろう。これを送ったのは、駿河・遠江・三河の三国を治め、殿と肩を並べる程の大名。
今川治部大輔義元、その人じゃ。
ゴクリと生唾を飲み込み、周章狼狽しながら殿を見つめる。
「こ、これは。わらわが今川に目通りをする、と?」
わらわの上ずった問いかけに、殿は少し険のある表情で「そうだ」と答えた。
「知っての通り、武田と今川は同盟関係であり、姻戚でもあるのでな。この頼みも無下には出来ぬ。だがワシとしては、三河にお主をやるのはどうかと思うておる」
「懸念がおありなので?」
おずおずと尋ねると、殿は「まぁの」と唸る様に答え、無精髭を片手でなでつける。
「奴は頭が切れるし、良い戦術も使ってくる。故に、主にとっては刺激になるやもしれぬのだが。アレは実に食えぬ奴でなぁ、腹の内が読み辛い狸だ。この申し出だって、意図が全く読めなくてのぉ」
殿は苦々しげに答えると、「あの狸は、どう言う腹づもりなのか」と、独りごちる様に呟かれた。
殿ですら、腹の内が読めない程の人物とは。流石、三国を治める主と言うべきか。
わらわは固唾を飲んでから「では、如何致しますか?」と尋ねる。
すると殿は「詮方なき事か」と呻く様に呟き、わらわをスッと見据えた。
「すぐにこちらに戻って参れ。良いか、ワシが後ろに控えておる事を忘れるでないぞ」
力強い言葉に、わらわは胸を熱くさせながら「ハハッ!」と答えて、叩首する。
「では、すぐに三河に下りまする。しかし殿、美張からの兵は如何致しますか?」
「こちらに従っても、主がおらぬと兵の士気は下がり、上手く力を発揮出来ぬであろう。故に、主と共に行動した方が良いじゃろう。それにあの狸との会合となると、幾らかの兵があって損はない」
「ハッ、畏まり申した。では、失礼つかまつりまする殿」
「うむ、気をつけて参れよ」
わらわは殿の気遣いに感謝の意を示す様に深々と頭を下げてから、部屋を後にした。
そして馬を用意しながら、わらわはふと思案に耽る。
信じられずに目をカッと見開き、何度も名前を見返してしまう。だが、しっかりと濃淡の墨で名は書かれており、印も強く押されていた。故に、その名は間違いではないのだろう。これを送ったのは、駿河・遠江・三河の三国を治め、殿と肩を並べる程の大名。
今川治部大輔義元、その人じゃ。
ゴクリと生唾を飲み込み、周章狼狽しながら殿を見つめる。
「こ、これは。わらわが今川に目通りをする、と?」
わらわの上ずった問いかけに、殿は少し険のある表情で「そうだ」と答えた。
「知っての通り、武田と今川は同盟関係であり、姻戚でもあるのでな。この頼みも無下には出来ぬ。だがワシとしては、三河にお主をやるのはどうかと思うておる」
「懸念がおありなので?」
おずおずと尋ねると、殿は「まぁの」と唸る様に答え、無精髭を片手でなでつける。
「奴は頭が切れるし、良い戦術も使ってくる。故に、主にとっては刺激になるやもしれぬのだが。アレは実に食えぬ奴でなぁ、腹の内が読み辛い狸だ。この申し出だって、意図が全く読めなくてのぉ」
殿は苦々しげに答えると、「あの狸は、どう言う腹づもりなのか」と、独りごちる様に呟かれた。
殿ですら、腹の内が読めない程の人物とは。流石、三国を治める主と言うべきか。
わらわは固唾を飲んでから「では、如何致しますか?」と尋ねる。
すると殿は「詮方なき事か」と呻く様に呟き、わらわをスッと見据えた。
「すぐにこちらに戻って参れ。良いか、ワシが後ろに控えておる事を忘れるでないぞ」
力強い言葉に、わらわは胸を熱くさせながら「ハハッ!」と答えて、叩首する。
「では、すぐに三河に下りまする。しかし殿、美張からの兵は如何致しますか?」
「こちらに従っても、主がおらぬと兵の士気は下がり、上手く力を発揮出来ぬであろう。故に、主と共に行動した方が良いじゃろう。それにあの狸との会合となると、幾らかの兵があって損はない」
「ハッ、畏まり申した。では、失礼つかまつりまする殿」
「うむ、気をつけて参れよ」
わらわは殿の気遣いに感謝の意を示す様に深々と頭を下げてから、部屋を後にした。
そして馬を用意しながら、わらわはふと思案に耽る。



