戦妖記~小国の戦姫~

 いかん、いかん。気を抜くと、すぐこれじゃ。しゃんとせねば、もうここは殿のおわす城中じゃ。しゃんとしろ、美張の姫として毅然とせねば。
「姫様、お疲れですか?」
 総介がいつもの笑顔に少し影を落とし、おずおずと尋ねてきたので、わらわは慌てて繕った笑みを見せた。
「あ、ああ。すまんなぁ。ちと考え事をしておったのじゃ。大事ないぞ」
 ニコリと宥める様に破顔するが。総介は「そうですか」と答えるものの、怪訝な顔をしていた。
「ご気分が優れなかったら、すぐに申しつけて下さいませ」
「大丈夫じゃ。さ、殿に挨拶をしに参るぞ。付いてまいれ」
「ハッ」
 総介の歯切れの良い声が帰ってくると、わらわはいつも通り、殿の元に挨拶しに参った。
「殿、千和にございます。ただいま美張から戻って参りました故、ご挨拶に伺いました」
「うむ、入れ」
 しかつめらしい声が部屋の向こう側から聞こえると、サッと襖が開けられる。
 わらわはゆっくりと部屋に足を踏み入れると、部屋の奥に座っていらした殿が破顔した。
 そしてわらわ達はその場でサッと叩頭し「ただいま戻りました」と告げる。
「うむ、よう戻って来たな。近うよれ」
「ハッ」
 殿の前にさささと移動して座り、もう一度深く頭を下げた。
「面を上げよ、千和姫よ。すまなんだ、早くに呼び戻して」
「問題ありませぬ、殿」
 わらわが頭を上げながら答えた刹那、殿はゲホッと咳き込まれた。
 わらわはその事に驚いた。殿が咳き込まれている所なぞ、今の今まで見た事がなかったから。
「殿、体調が優れないので?薬師を呼びまするか?」
 狼狽しながら尋ねると、殿は「いやいや」と顔を綻ばせながら、片手でわらわを制した。
「単なる風邪よ、大事ないわ。それよりも、もう一人の側仕えはどうした?姿が見えぬが」
「少し用があり、外しておりますが。直に戻って参ります」
「そうであったか」
 殿は唸る様に答えるが、まあ良いとすぐに口元を綻ばせる。
「主をこんな早うに呼び戻すつもりはなかったのだが。これが届いた以上、呼び戻せざるを得なくての」
 殿は自分の膝上で広げていた文を掴み、わらわの方に向けた。
 わらわはきょとんとしながら、「失礼つかまつりまする」とその文を受け取る。
 そして文に目を通すと、殿に宛てた文になってはいるが。内容は、わらわを三河に寄越し、会おうと言うものだった。