戦妖記~小国の戦姫~

 と、囁く様に告げた。あまりにも無礼で、誰からも許されない事をしているが、今は二人だけの空間だ。辺りは寂寞(じゃくまく)として、そよそよと俺達を包み込む様な風が吹く。
 誰も何も言うまい、見ているのは満月だけなのだから。
 フッと弱々しく笑みを作り、「ですよね?」と、眠りこけている姫に問いかける。
 答えなんか返ってこないとは分かっているが。起きていたら、姫はどんな顔で、どんな事を言ってくれるだろうか。
 顔を赤く染めてくれるだろうか。固まって、俺を見据えるだけだろうか。それとも「何をしているのじゃ!」と慌てふためきながら、俺を叱るだろうか。
 どんな姫も容易に想像がつく。それに顔を綻ばせている自分も、だ。
 日本屈指の強さと謳われる九尾狐であるのに。一人の人間の女子(おなご)に翻弄されているなぞ、滑稽だと妖怪達にはお笑い種にされるだろうな。
 だが、俺としては、姫の方が妖術を使っている様に思う。だからこの俺に、様々な感情を抱かせる事が出来るのだろう。全く恐ろしいお方だ、九尾狐を惑わすなんて。
 クスリと微笑を漏らすと、突然俺の耳が「京・・」という、か細い寝言を聞き取った。
 起きたのだろうかと思い、パッと慌てて頭を退けて姫を見るが。相変わらず、心地よさそうにスヤスヤと軽やかな寝息を立てていた。
 まさか・・・姫は、俺の夢を見ているのだろうか。
 そう思った瞬間。気色悪い事に、口角の上がり具合を止める事が出来なくなる。
 姫の夢の中の俺は、何を言っているのだろう。素直に自分の気持ちを吐き出しているのだろうか、いつも通りを徹しているのだろうか。
 それは姫にしか分からない事だが。せめて姫の夢の中では、素直でいて欲しいものだな。
 俺は目の前で、照り輝いている満月を見つめた。
 俺の妖力を数倍に引き上げ、この姿を強制的にさせる憎い満月だったが。今では俺と姫を包み込み、優しい光を注ぐ、温かな存在に変わっている。
 この時間が、ずっと続けば良いのにな・・・。
 俺は顔を綻ばせながら、姫の寝顔に視線を移した。
 そして尾を使いつつ、慎重に姫の膝裏と背中に手を差し込む。そのままぐいっと力を込めて持ち上げながら、スッと立ち上がった。
 腕の中にすっぽりと眠りこけている姫が入り、ゆらんと動く。