母として、好きな事をさせてあげたいのです。それが千和姫に出来る、母からのせめてもの恩返しでもありましょうから」
 毅然と心中を吐露する母上のお姿に、わらわは胸を打たれた。母上の言葉は、心にとぷんとゆっくり沈んで行き、胸がじんわりと温かくなる。
「母上・・・」
 潤みそうになった目を堪えながら呟くと、母上は艶然として「すでに貴方は一国の姫として、充分立派ですよ」と言ってくれた。
 父上もその言葉に胸を打たれたみたいで「うむぅ、一理あるが」と言いながら、何度も無精髭を撫でる。
「では、裳着は無し・・・・で良いか」
 断腸の思いで告げた父上の言葉に、わらわはすかさず「はい」と答えて頭を下げた。
「うむ、ではそういう事だ。うむ、口惜しい気もするが。うむ」
 未だに口惜しそうにもごもごと言っている父上に、母上と私は苦笑しながら肩を竦めた。
・・・・・・・・・
「それにしても、いったい誰がわらわの裳着をやるべきだと言い出したのか。
 今の今までうやむやにしてきたのに。十六になった途端、急にやりだそうなんて」
 自室に入り、いつもの場所に武士らしくどっかりと座ると、その目の前に京が行儀良く正座して座る。
「それは勿論、親方様でおられます。姫が十六歳になられたのだから、そろそろと言う事です」
 さらりと白状された首謀者に、やっぱりと苦笑せざるを得ない。
 そう言えば、六歳頃の裳着をやるかと言い出したのも、父上だったな。母上ではなく、父上の方が浮き足立っていた。けれど、京が来たからうやむやになって。そこから度々、裳着の話があがったが。わらわが脱走してなくなったり、初陣があったりして。
 それからはわらわが戦の前線に立っていたから、そんな儀式をする暇もなかった。だからもう「裳着」なんて話にはならないと思っていたのじゃが。
「まあ、姫。親方様の意図を汲んで下さいませ。晴れ姿を見たいって言うのが、人間の親ってもんですしょう?それに、いつも前線で戦っている姫を思っての事ですよ。心配なんです」
「分かっておる、分かっておる。父上達も好きでわらわを戦に出している訳ではおらぬからな」
 頬杖をつきながら、破顔して言うと、京は「それなら」と短く答えただけだった。
「気持ちは分かるがのぅ。本当に今は裳着なんかをやっている場合ではないのじゃ。