わらわが大声を張り上げると、京はビクッとして唖然としたまま止まる。口はあんぐりと開かれたままだが、そこから言葉は流れ出てこない。
 ようやく止まった事が分かると、わらわは「全く」と呆れたため息を吐き出した。
「そうじゃないと言うておる。わらわの言い分を聞かぬか、いつもの様に冷静になれ」
「いや、姫に嫌われたと思えば・・」
 おずおずと胡乱げに言葉を発したので、すかさず「黙って、わらわの言葉を聞け!」と噛みついて封じる。
 そうしてようやく京は堅く口を結び、くにゃりと下がった縦耳を弱々しく立て、聞く姿勢を作った。
「主のその姿が怖い訳なかろう、嫌いな訳なかろう。早とちりも良き所じゃ。わらわはその姿を良く思っておるよ。美しい姿であり、とても神秘的じゃと思う。妖怪とは思えぬな、まるで神か何かの様じゃ。とても蠱惑的で、惹きつけられるわ」
 フフフッと破顔して告げた言葉に、京は目をカッと開き、口を開きかけるが。黙っていろと言う命を思い出したのか、口をまごつかせた。そのもごもごとした口元を見ると、フッと微笑が漏れる。
「何じゃ、何か言いたい事があるのか?」
「あ、あります」
 たどたどしく答えられ、わらわが「良い」と許すと、すぐに「嘘ですよね?!」と狼狽しながら返してくる。
「無礼じゃなぁ、主君の言葉を疑るとは」
 ぷうと軽く頬を膨らませて、頬杖をつくと、京はハッとして直ぐさま額づき「も、申し訳ありませぬ」と素直に謝った。
 わらわはその姿に、フフッと口元を綻ばした。
 初めてじゃなぁ。こんなに素直で、こんなにおどおどとしている京を見るのは。
「冗談じゃ。だが、先の言葉は嘘ではないぞ、心からの言葉じゃ。本当にその姿は見惚れてしまう。だからかの、なぜだか心がざわつくのじゃ。胸が高鳴ると言うか。お主のようでお主ではない面に触れているからだろうか」
 むむと考え込みながら告げると、ゆっくりと顔が上がり、魂が抜けた様に「姫」とポツリと呟かれる。
「安心せい、わらわが主を嫌う事なぞ来ないぞ。ましてやそんな姿だけで嫌うなんて、あるわけなかろう」
 フフッと顔を綻ばせながら言うと、京は「良かった」と、心底安堵した言葉を吐き出した。そしてその柔和な笑みが月光に晒される。
 あまりにも美しい微笑みに、ドキンと心臓が高鳴った・・気がした。