わらわが美張の為にと、激戦地に赴き、武田軍として戦う事は正しき事であったのじゃな。わらわが奮闘している意味は、確かに美張の為になっているのじゃ。
 それに、この笑顔を見ると。やはり美張以外の地で死ぬのは、本当に出来ぬ事じゃと思い知るのぅ。
 わらわは戦地で死んではならぬのじゃ、必ずここに帰ってこなければならぬ。わらわが帰らねば、平和の象徴である笑顔が消えてしまうからのぅ。
 わらわはぐびりとお猪口を傾けて、酒を喉に流し込んだ。
 わらわが帰って来て、幾人も「姫様、ご無事で何より」と言ってくれる。「姫様がいらっしゃらなければ、美張が欠けまする」と言う者もいる。
 この笑顔を守らねばなるまい。武田軍として戦う事だけが美張の平和に繋がるのではないのじゃ。わらわが帰らねば、平和の象徴である笑顔が消えるのじゃ。
 帰ってこよう、必ず。どんな激戦地だとしても、何があったとしても。必ずわらわは死ぬ事なく、生きて戻って来よう。
 わらわは自分の言葉を強く噛みしめながら、前をしっかりと見据えた。
 そして目を細めてから、もう一度お猪口を傾けて喉に酒を流す。美張独特の酒の旨味が奥へ奥へとじわりと伝わっていき、「くわぁ」と言う声が上がった。
「うむ、やはり美張の酒は美味いのぅ」
 独りごちる様に呟いてから、もう一度傾けて、酒を喉に流し込むと「千和よ」と言う厳格ながらも、少し上ずった声が横からした。
「戦ばかりで酒を飲む機会も少なかったであろう?久しぶりの酒は美味いか?」
 ほんのりと顔を赤色に染めた父上が、ニコニコと上機嫌で聞いてくる。わらわも同じ位破顔して「それはもう」と答えた。
「姫様、あまり飲み過ぎると・・・」
 するとおずおずと窘める様に、わらわの横から総介が口を挟んだ。
 だが、次の瞬間。総介は「今宵は良いのだ!馬鹿者ぉ!」と父上の重鎮にからかい気味に引っ込められ、ガハハハッと雄叫びのような笑い声をあげている渦中に引き込まれていった。
 わらわは苦笑を浮かべながら遠目から、総介がもみくちゃにされている姿を見つめる。
 普段は柔和な笑顔を見せているが、この時ばかりはその笑みが引きつり困惑に染まっているのぉ。うん、まあ良い機会じゃろうて。総介は、普段こんな可愛がられ方をしないからのぅ。