そして武田の後ろ盾を得てからと言うものの、美張に進軍しようと言う大名はいなくなった。あの織田や斎藤でさえも、武田の後ろ盾がある美張に手を出しづらくなったのだ。
 またいつ進軍されるかと、常に緊張感を持っていたのだが。それが次第になくなっていった。益々豊かな平和になり、この戦乱の世では誰もが羨む国となった美張。
 だがそれを引き換えとするかの様に、わらわが武田軍として戦に立つ事が多くなった。それが武田との約束であり、美張の平和をより強固にしてもらっている。故に、それは仕方のない事であった。
 川中島での戦は、今までのどの戦よりも激戦だった。終始無傷と居られる時は、ほとんどなかった。敵の刀や矢を幾度も食らい、ああ死ぬと言う思いを何度も抱いた。
 しかし、そうなってもわらわは生き残っていた。京と総介が守ってくれたと言うのも大きいが。自分の中で、こんな所では死ねぬと言う強い気持ちが、迫り来る死を辛うじて回避していたのだろうと思う。
 そうして何度も死地をかい潜り、武田軍の一部隊を率いる長として、武田に勝利をもたらしていると。わらわは将会議に参加する事も出来る様になり、武田信玄に気に入られ始めた。直々に武術の指南を受け、戦術を叩き込んでくれる時もあった。
 いつしか憎き敵の総大将だったはずの武田は、頼もしい味方であり、第二の父の様な存在となっていった。
・・・・・・
 そんなある日の事であった。
「しばし美張に居ると良い。よう働いてくれたからな、しばしの休養と言うものじゃ。戻ってもらう時は、遣いを送ろう」
 と言う、親方様の心遣いで、わらわと京と総介は美張に帰還する事になった。
 数ヶ月ぶりの美張への帰還は、疲れや戦で受けた傷の痛みさえも吹き飛ばす勢いだった。ゆっくりと見える美張の光景に、何だか感慨深い様な思いに駆られる。
 父上達がおわす、美張城の天守がひょっこりと顔を見せ始めると、それは更に大きくなり、はあと息が漏れ出た。
「本当に久方ぶりじゃのぅ。皆は息災じゃろうか」
「さぁ、そうなんじゃないですか」
 京は淡白に返事をするが、すぐ総介に「無礼だ」と睨まれていた。
 そしてそれを流す様に「姫様、親方様も奥方様もご壮健にございましょう」と口元を綻ばせながら返す。
 わらわは相変わらずの二人だなと、少し微苦笑を浮かべてから「そうじゃのぉ」と答えた。