わらわはその目を正面からしっかりと受け止め、精一杯の笑みを作り、言葉を紡いだ。
「わらわは、とても信じられないお話に思えまする。美張にとって、これほど嬉しき話も稀でしょう」
 嫋やかに告げると、武田の目はゆっくりと細められた。「そうか」と嬉しそうに呟くと、刀を手に持ち、立ち上がる準備をした。
「すまぬが、もう行かねばならぬ。実に有益な時間であったぞ。戦があり、次に生きて会えるかは分からぬが。また会えたら良いと思うておる」
「ハッ、わらわも実に面白き時でございました。ご武運をお祈りしておりまする」
 額ずきながら告げると、武田がゆっくりと立ち上がる気配がする。
 そしてわらわが頭を上げると、武田は喜色を浮かべ、優しさを帯びた声で告げた。
「早めに朝久殿に話をすると良い。では、また会おう美張の戦姫よ」
 そうして彼が出て行った瞬間。重々しい空気がフッと一変し、とても息が軽くなる。だが、胸にはモヤモヤとした黒煙が渦巻いていた。
 わらわはしばらく武田の面影を見つめながら、深く考え込む。
 全幅の信頼を置ける仲ではない。この時代の同盟は、裏切りが当たり前について回る。武田が手のひらを返し、美張を攻める可能性だって大いに有り得るのだ。
 だが、武田信玄という武将は、おいそれと簡単に裏切りをする様な人間には見えなかった。
 武田を信じるべきか、否か。そしてどの道が、美張にとって最善となるのか。それを考え、見極め、舵を切らねばならぬ。
 全てはわらわ達の判断にかかっておる、民の平和とはそう言うものじゃ。わらわ達が民の為に、後悔せぬ選択を取らねば。そうして美張の平和を守らねば。
 グッと目を瞑り、膝の上で堅く拳を作ってから、ふうと息を短く吐き出した。
 そして「京、総介」と二人の名を静かに呼ぶと、すぐに声を揃えて「ハッ」と端的な返事が返ってくる。
「美張に戻るぞ」
「「ハッ」」
 二人の恭順な声を聞いてから立ち上がり、わらわは武田との会合の場を後にした。
・・・・・・・
「殿、本当にあれで良かったので?」
 ドスドスと廊下を歩いていると、後ろから昌続が現れ、おずおずと切り出した。戦姫の話をし、姻戚にした方が我らの為になり良いと進言してきた本人だ。
 ワシはたどたどしい諫言に、腕を組みながら軽く笑う。
「先の話が不服であるか?」