わらわは面に自分の考えが出ないように、真面目な顔つきで考える振りをした。
 最初に旨味を提示し、逃れられない様にわらわ達が断りにくい状況を作る。
 それだけではなく、これを断ると、武田は完全に敵に回ると言う事も暗に差し込まれている。
 実に言葉も流れも巧みなことなれば、これは断る事も出来ない話じゃな。
 頭を悩ませていると、追い打ちをかける様に「それに」と武田はゆっくりと口を開いた。
「戦には、人間だけではなく妖怪も入ってくるものだ。それらの対応も、戦姫は実に見事だと聞く。いや、戦姫と言うよりは、そっちの側仕えの方か?」
 武田の目線が、スッと後ろに控える京に向いた。だが、その目はすぐにわらわに向き直る。
 そうか、成程な。わらわを引き込めば、自然と京と総介も付いてくる。恐らく、武田はこの二人も欲しいと考えているのだ。特に、京の方を。
 妖怪の対策も、しっかりと裏に食い込まれているのを感じて、わらわは本当に舌を巻くしかなかった。
 確かにこれは、どちらにも利がある。回答の如何によっては、だが。
 傘下と言う形になっても、美張には平和が訪れるだろう。何より、武田の強い後ろ盾が得られるのは、こちらとしては願ってもない話じゃ。
 これを断るのは、相当難しいが。国にとって一大事である決め事を、わらわが勝手に決めて進めて良いのだろうか。父上はなんと仰るだろうか。
「どうじゃ、戦姫よ」
 早く回答をと急かす様に、わらわにぺたりと貼り付けた様な冷笑を見せた。
「とても良き話にございますが。わらわの一存では、決められない話にございまする。
 国を背負うて戦に立っておりまするが。まことの国主は我が父、朝久。全ての決定権は父にあり、わらわはそれに従うだけ。故に、一度国に帰り、父と話をしとうございます」
 サッと手をつき、深々と頭を下げながら答えると、武田は「そうか」と呟いた。
「まあ、言われてみればそうであったな。これは国と国の盟約。確かに、主の一存では決められぬ話だわ。だが、主はどう思うておる。それだけは正直に申してみよ」
 頭をゆっくりと上げると、すぐにわらわは武田のまっすぐの黒い瞳に貫かれる。
 その目が怒りに燃えるか。嬉しそうに細められるか。それは、わらわの回答に全てかかっていると感じるな・・。