姻戚関係となれと言われるか、属国になれと言われるか。はたまた、ここに人質として囚われるか。さあ、何と言うのじゃ?
「武田家と久遠家、対等な軍事同盟を結ばぬか?」
 重々しく告げられた提案に、わらわは愕然とした。後ろにいる京達もひどく驚いたのか、えっと息を飲む音がハッキリと聞こえた。
「ど、どう言う事にございましょうか」
 たどたどしく尋ねると、信玄は「そのままの意じゃ」と淡々と返す。その答えに、わらわが言葉に窮していると、武田の方から「最初はなぁ」と口を開いた。
「主とワシの息子の誰か一人との、結婚を提案するつもりであった」
 わらわはその言葉に、やはりと心の中で小さく呟く。
 そうでもなければ、こんな所に敵方の姫を呼ぶ訳がない。だが、その条件を提示せず、軍事同盟と言うたのはなぜじゃ?
 わらわはそんな疑問を抱えながら、武田の言葉に耳を傾け続ける。
「だが、それは辞める事にしたのだ」
「そ。それは、何故にございましょうか」
 理由が分からず、胡乱げに尋ねると、目の前の総大将は「簡単な事」と呵々と笑った。
「先の言葉よ。それを聞けば、そなたは誰かに縛られる人間ではないと分かったのだ。縛られれば、戦姫としての能力を存分に発揮出来ぬと思うたのだ。
 能力のある人間が、存分に力を発揮出来ぬ事ほど、口惜しいものはない」
 もう、ただただ唖然とするしかなかった。敵の姫に、そんな事を言うとは思わなかった。
 そして美張をあれやこれやと戦を仕掛け、攻め落とそうとしていた総大将の言葉だとも思えなかった。
 自分が思っていた程、武田信玄と言う人間は悪い人間ではなかったと言う事なのか?
 混乱する頭だったが、自分の中にある理性が必死に働き、纏まらない頭から言葉を引っ張り出して「お、お褒めにあずかり光栄でする」と、口にした。
「だがのぅ、主を手放すにはまこと口惜しい。そこでだ、我が武田と久遠とで同盟を結べば良いと思っての。なに、同盟と言ってもそんなに堅苦しい物ではない。そうじゃなぁ、義兄弟の様な関係とでも申すべきか」
「義兄弟?」
 まだ意図を掴みきれず、露骨に怪訝な顔をして尋ねる。
 武田は、「そうじゃ。まあ似て非なるもの、と言うべきか」とわらわを見て、膝を軽く叩きながらハハッと豪快に笑った。