その柔和な笑みに、わらわは呆気にとられる。武骨で精悍な男が、初手からこんな優しい笑みを見せてくるとは思わなかったからだ。
「長旅であっただろう、ご苦労であったな。菓子はいるか?」
 深みのある声で労われ、わらわは少しポカンとしてしまったが、ハッとすぐに我に帰り
「本来であれば、私めは殿にお目見えする事も叶わぬ若輩者にございまする。それがこうして殿にお目にかかる事が出来、光栄の極みにございまする。まことにかたじけのう存じまする」
 と、深く頭を下げた。
「いやいや、ワシはのぅ、主に会いたいと思うておったのだ。戦姫と称される位だ、どの様な姫かと思えば。こんなにも美しい姫だとは思わなんだ。いやはや、実に美しき姫だ」
 世辞だと分かっていても、「いえいえ」とまんざらでもない風に受け取ってしまう。
 普段言われていない事をこうも流れる様に言われると、内心がざわつくのぅ。
「いや、まこと美しき姫よ。こうして相まみえると、姫君という立場にも関わらず、戦の前線に立ち、力を振るうなんて信じられぬわ。先の戦も実に見事であったと聞くが」
「平和の為に、民を守り、美張を守る。害しようと言う者があれば、それらを排除していく。それが務めゆえ」
「ふむ、実に立派な心意気。見事じゃな」
 目の前に居る信玄は、目を細めて口元を綻ばせた。
 わらわは益々、ここに呼ばれた「意味」が分からなくなってくる。
 これはどういう事じゃろうか。わらわは一体何の為に呼ばれたのだ?敵方の総大将が、こんなにも笑みを見せる人間だとは思わなんだ。纏っている覇気にあっておらぬし、変に恐ろしい気に落とされているみたいじゃわ。何か恐ろしい企みがあるとしか、思えないのじゃが。
「ワシの腹づもりが分からぬ、と言った顔だな」
 突然ズバリと言い当てられ、わらわは顔がピクッと引きつりそうになったが。慌てて笑みを取り繕った。
「本心を申すならば、その通りでございまする」
 わらわがにこやかに返すと、目の前の武田は「うむ、正直で良いぞ」と感嘆した様に呟いた。そしてニヤリと口角を上げて、「では、早速本題に入ろうかの」とからかう様に告げる。
「そなたをここに招いたのは、ある理由があるのだ」
「して、その理由とは?」
 わらわは、しっかりと二つの目で武田を見据えた。