総介と京がサッと手を差し伸べてくれた。わらわは二人の真剣な顔つきを見てから、二人の手をゆっくりと取って駕籠から出た。
 わらわが地面の砂利を踏みしめた時に、風が通り抜けた。それはあまりにも穏やかで、優しく肌を撫でる様だった。
 何の前触れかのぅ、穏やかに終わると言う天からの暗示だろうかのぅ。そうだと嬉しいが、そうもいくまい。相手はあの武田信玄、果たしてどうなるやら。
 わらわが顔を上げると、巨大で雄大な牙城がわらわ達を見下ろしていた。
・・・・・・・
 わらわ達は、とても豪華な装いが施されている和室に通される。その部屋は、質素な日本美と武士らしい剛健さを合わせた、荘厳な部屋だった。
 そんな部屋に居るのは、わらわと京と総介。武田家の小姓の、名前も顔も知らない人間が一人居るだけで、あとは誰もいない。それだからか、この部屋は些か大仰に感じる。
「どうして、こんなに人員がおらぬのだ?」
 武田の家臣に聞こえない様に後ろにいる京達に、声を潜めて問いかけると、総介は困った顔で肩を竦めるが。
「上杉との戦いに、かかりきりなのでは?」
 京がぼそりと呟いた。その予想に、わらわは「ああ」と納得してしまう。
 そうか。今は武田と上杉は川中島で激戦を繰り広げている最中であったのぅ、忘れておった。自分の事に必死すぎだな、もっと余裕を持たねば。
「殿のおなぁぁりぃぃぃ!」
 あまりの大声に、わらわはビクッと跳ね上がった。
 居住まいを正して前を見ると、奥からスパッと襖が開き、武田信玄がやってきた。
 最強を謳う部隊を率いる総大将に相応しい男だと、入って来た瞬間で分かった。纏っている覇気がただ者ではない。初めてこんなに重たく、鋭い覇気を纏った人間を見たと言う程だ。
 父上と同じ年くらいに感じるが、父上よりも壮健に見える。がっしりとした体つきで、相手に威圧を与える様な強面。幾つもの修羅場をかいくぐり、培ってきた物を語る刀達。
 ドスドスと歩いてくると、わらわと対面する様に置かれた座敷にどっかりと座り込んだ。
 わらわ達は急いで額ずく。
「面を上げよ、戦姫よ」
 深みのある声が、朗らかに告げた。
 わらわはゆっくりと頭を上げると、目の前の座敷では、武田信玄がにこやかな笑みを作っていた。