裳着が始まると言うのに、あんな狭い通路を使って脱出するだけに留まらず。そこから屋根に登り、城下町に下りようとするなんて。あんた本当に姫ですか。お転婆もすぎますよ。仮にもですね、姫と名乗るなら、もう少しお淑やか且つ嫋やかになってもらわないと」
「まさか、最初から分かっておったのか?!」
 あっけらかんとして答えた京の言葉に愕然としながら問いただすと、京はフッと小馬鹿にした笑みを見せた。
 答えは明らか。こやつは、知っておったのだ。部屋から抜け出して、屋根に乗り、城下町に飛び出していこうとしていた事を。それを分かっていた上で、つかの間の勝利にわらわを浸らせる。
 だから意地の悪いこやつは、わらわが窮地に陥るまで出てこなかったのだ。意地悪く、泳がせていたのだ、自分の手の平の中で。
「京、お主。本当に意地が悪い。悪すぎるぞ」
 はあと落胆しながら、大人しく京の腕の中でだらんと項垂れた。京の細腕を腹にしっかりと感じるが。落とさないように力を込めてくれているのが分かり、落胆した気持ちが少しだけこそばゆい何かに変わる。
「今回こそは見つけられないと思ったのじゃがなぁ」
 気を紛らわせる様に、わらわはわざとらしく悔しそうに呟いた。
「そうですね。人間ならば相当苦労したでしょうが。俺は妖怪なんでね。こうして皆が見つけられない範囲は、俺と言う訳ですよ」
 顔を見ておらぬが。どんな顔をしているかなんて、分かりきっておる。どうせ意地悪く、ニタリとほくそ笑まれているに違いない。鋭い犬歯を覗かせながら。
 そう、京はこうして人間の振りをしてはいるが。その正体は妖怪、九尾狐だ。
 思い返せば、子供の頃。わらわが六つの頃だったか。弱っていた所をわらわが見つけ、保護して、側仕えとして置いたのだ。
 京も子供の頃だったからか。最初こそわらわと同じ身長だったが、あっという間に大きくなった。あの頃から何も変わらないのは、人間離れした顔立ちと意地の悪い性格だけだ。
「さ、姫。戻りますよ。もう脱走劇は充分でしょうからね」
 京はため息交じりに告げてから、歩を進めた。わらわを抱えたまま、平然と空中を歩き、ずんずんと城の屋根に近づいていく。
 その時、ふとわらわは気がついた。ぶらさがっている自分の体が大きく揺れず、京が慎重に歩いてくれている、と。