重々しく、けれど毅然と言い放ち、父上はわらわを強く窘めた。すぐにその声で、わらわは我に帰り「ハハッ」と深く叩首する。
「何か他に策があるのかもしれぬが、これが挑発とは思えにくい。考えるに、武田は美張と同盟か何かを結ぶ腹づもりであるのではないかと思う」
「うちと、同盟ですか?」
 わらわは父上の考えに驚いた。小国美張と同盟を結ぼう、協力し合おうと言う国は今まで一国としていなかった。
 小国であり、あまり裕福な国でも無いからだ。つまり、同盟を結ぶ利点があまり無いと言う事。
 他国にとって美張は、攻め落とそうにも落とせない国。小国のくせに粘っている目の上のたんこぶ、と言った位置づけなのだ。妖怪は別として、だが。
 まぁとにかく、うちと同盟を結ぼうとは実におかしな話。殊に、すでに強大な力を持ち、周囲を屈服させ、徐々に国を広げる武田にとっては。
「どうしてまた・・・」
 先程から同じ言葉を何度も繰り返している自覚はあるが、言葉がそれしか出てこなかった。それ程、わらわの頭はひどく混乱している。
「それは分からぬが。このまま、話を捨て置く訳にもいかぬのだ。分かっておるな、千和よ」
 宥める様に言われ、わらわはコクリと頷いた。
 そうじゃ、無視をしている方が危険じゃ。無視をしたのを足がけに、美張を潰そうとしてくるやもしれない。この前は本気では無かったが、その時は本気で来るであろう。武田の総力で押し入られたら、美張はひとたまりもない。幾らわらわでも、勝てる見込みは零に等しい。
 だから何か裏があろうとも、わらわは武田の膝元に出向かねばならない。それが奴の狙いの一つでもあるのだろうな。
 グッと唇を噛んでから、わらわは父上に頭を下げた。
「すぐに用意をして参りまする」
「・・・・。うむ、頼んだぞ」
 わらわは側に置いていた緋天を掴み、スッと立ち上がる。そしてもう一度父上に一礼してから、部屋を後にしようとしたが。「千和よ」と言う父上の重々しい呼び声で、ピタリと足が止まった。キュッと裸足が床を擦り、小さな摩擦音が立つ。
 わらわが父上を見ると、父上は腕を組みながらも、暗然とした表情をなさっていた。
「すまなんだ、千和よ。何もかも、お前に全て一任して。本来であれば、城主であるワシが行かねばならぬと言うのに。此度の件も・・・戦ですらも」
 父上は弱々しく言うと、自分の足に視線を落とした。