「武田が会いたいと?」
 父上の御前だと言うのに、わらわは「はぁ?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。慌てて「ご無礼を」と頭を下げるが、父上は「良い」と宥恕してくれた。
「しかし、どうしてまた。罠ではないのですか?」
 胡乱げに尋ねると、父上は「うむぅ」と唸る。
「儂とて、それは思うたのだがな。どうにもそうではない様でなぁ」
「一体、どういった要件で父上を呼びつけたのです?」
 本当に武田は失礼な奴だなと心の中で憤慨しながらも、表には出さないように、父上に尋ねると、父上は困った顔をして「いや」と口ごもった。
 父上の微妙な反応に、わらわも顔を曇らせる。
「どういう意図かは、全く分からんが。武田はなぁ、美張の戦姫との会合を所望していると申すのだ」
 美張の戦姫・・・・
 頭の中で木魚がぽくぽくぽくと鳴り、ハッとすると共にチーンとりんが鳴り響く。
「わ、私ですかっ?!」
 愕然として答えるわらわ、うむと困った様にしている父上。何とも言えない空気が、場を支配した。
「ど、どうしてまた」
 色々な思いを飲み込み、心にぎゅうぎゅうと押し込めながら、ようやく言葉を発する。
 すると父上の重臣の一人である朝川太郎頼晴(あさかわたろうよりはる)が、おずおずと文をわらわに差し出す。
「こちらです、姫様」
 怪訝な顔を引っ込められずに受け取り、武田から届いたであろう文を読む。読めば些かの意図が分かり、怪訝さも引っ込められるだろうと思ったが。
 読んでみても、やはり顔の怪訝さは引っ込められる事が無かった。寧ろ、より渋面が作られる事となった。
「一体・・・なんですか。これは」
 わらわはしかめ面のまま顔をあげ、父上を見つめる。父上も困惑しきっている様で「うむ」と口ごもっていた。
「先の戦は実に見事であった。女子であり、年端もいかぬ姫君が、あのような戦をするとは実に見事。感服の一言に尽きる・・・・思ってもいない事をよくもこんなに流暢に書けるものです!」
 遂に堪えきれず憤慨すると、父上は腕を組みながら空を仰いでいた。
「奴は戦場に来てもおらなかったと言うのに!この傷だって、将の一人である、土屋昌続によるもの!
 そうと言うのに、なぜこのような文を書いて寄越すのか!終いには、牧之島城に来いだなんて!わらわ達を愚弄しております!」
「冷静になれ、千和よ」