わらわは目を軽く見張って、京を見つめると。京の前髪から陰鬱そうに覗く二つの瞳がゆらっと動き、わらわを見据えた。
「俺じゃ、ないです」
「違うと申すか?では、あれは一体」
京はわらわの問いに、重たい口を開き、訥々と話し始めた。
「俺達をここに連れてきたのも、雷獣を玩具の様に扱い、倒して、どこかに連れて行ったのも。俺じゃありません。
全て、あの九尾狐のおかげ。俺じゃない、別の九尾狐のおかげです」
苦しそうに告げると、フッと京は目を落とした。
「別の、九尾狐・・・」
ポツリと呟き、わらわも緋天に目を落とす。
わらわは勝手に、この日の本には、京しか九尾狐は生き残っていないものだと思っていた。京自身からそうだと言われた訳でもないが、見る事も噂として聞く事も無かったから、そういうものだと勝手に思い込んでしまっていた。
わらわ達は、衝撃を覚えずにはいられなかった。
あんなに強い妖怪が、この世界に本当に実在するのだと。
「姫様、とにもかくにも。こうして美張に戻れたのですから。城に戻りましょう」
総介が重々しくなった空気を取り払う様に、いつもの口調で告げる。
わらわは「あ、ああ」としどろもどろに答えてから、総介と京に部隊の確認をさせた。
九十人いた兵力は、武田軍勢と雷獣によって六十六人にさせられてしまっていた。
勿論、負傷者も多いが。此度の戦は、武田軍勢と戦ったばかりか、雷獣という強大な存在が介入してきた。それなのにこの数が生き延びたのだ。それは喜ぶべき、か。
「皆、よくやった。此度も、美張はそなた達のおかげで守られたんだ。だが、死者を出した事は本当に悔やむべきだ。常に哀悼の意を忘れず、彼らも美張を守ったと言う事を忘れるでないぞ」
わらわが強く言うと、皆衝撃から立ち直った様に「ハッ」と大きく答えた。
「京は負傷兵を運べ。では、皆城に戻るぞ。本当に、皆良くやった」
馬の腹を軽く蹴り、そのまま進み、道を下っていった。後ろから、沈痛な面持ちをした家臣達が付いてきて、わらわ達は城下町へと入る。
その時、斬られた腕からじわじわと黒ずんだ様な血が溢れていた。だが、わらわはその事に、全く気がつかなかった。
三章 智将・武田信玄
忘れもしない、武田軍との戦から、一ヶ月経ちもしない頃だった。昌続から斬られた傷も、ようやく綺麗に治ってきた時に、その話は舞い込んできた。
「俺じゃ、ないです」
「違うと申すか?では、あれは一体」
京はわらわの問いに、重たい口を開き、訥々と話し始めた。
「俺達をここに連れてきたのも、雷獣を玩具の様に扱い、倒して、どこかに連れて行ったのも。俺じゃありません。
全て、あの九尾狐のおかげ。俺じゃない、別の九尾狐のおかげです」
苦しそうに告げると、フッと京は目を落とした。
「別の、九尾狐・・・」
ポツリと呟き、わらわも緋天に目を落とす。
わらわは勝手に、この日の本には、京しか九尾狐は生き残っていないものだと思っていた。京自身からそうだと言われた訳でもないが、見る事も噂として聞く事も無かったから、そういうものだと勝手に思い込んでしまっていた。
わらわ達は、衝撃を覚えずにはいられなかった。
あんなに強い妖怪が、この世界に本当に実在するのだと。
「姫様、とにもかくにも。こうして美張に戻れたのですから。城に戻りましょう」
総介が重々しくなった空気を取り払う様に、いつもの口調で告げる。
わらわは「あ、ああ」としどろもどろに答えてから、総介と京に部隊の確認をさせた。
九十人いた兵力は、武田軍勢と雷獣によって六十六人にさせられてしまっていた。
勿論、負傷者も多いが。此度の戦は、武田軍勢と戦ったばかりか、雷獣という強大な存在が介入してきた。それなのにこの数が生き延びたのだ。それは喜ぶべき、か。
「皆、よくやった。此度も、美張はそなた達のおかげで守られたんだ。だが、死者を出した事は本当に悔やむべきだ。常に哀悼の意を忘れず、彼らも美張を守ったと言う事を忘れるでないぞ」
わらわが強く言うと、皆衝撃から立ち直った様に「ハッ」と大きく答えた。
「京は負傷兵を運べ。では、皆城に戻るぞ。本当に、皆良くやった」
馬の腹を軽く蹴り、そのまま進み、道を下っていった。後ろから、沈痛な面持ちをした家臣達が付いてきて、わらわ達は城下町へと入る。
その時、斬られた腕からじわじわと黒ずんだ様な血が溢れていた。だが、わらわはその事に、全く気がつかなかった。
三章 智将・武田信玄
忘れもしない、武田軍との戦から、一ヶ月経ちもしない頃だった。昌続から斬られた傷も、ようやく綺麗に治ってきた時に、その話は舞い込んできた。