戦場は美張城から離れた、信濃と美張の狭間。美張の最西に近い、荒れ地だった。馬を走らせて移動するにも、少し遠い距離だったと言うのに。
 一瞬でこんな所に来たのか?いったい、どうやって?
 訳が分からず、目を白黒とさせていると、周りから「姫様」と言う弱々しい声が聞こえた。
 バッと声のした後ろを振り返ると、同じ戦場で戦っていた家臣達がいた。京も、総介もそこにいた。
 皆が無事にいた事に心から安堵するが、それでも全身の震えは止まらなかった。止まれと鎮めるが、全く鎮まず顫動している。
 だが、それは他も同じだった。全く状況が飲み込めず、強大な恐怖に陥らされていると言う顔をしていた。
 考えも及ばぬ衝撃が己を支配した時、言葉では表現できない気持ちになり、どうしようも出来ないと言う事を、わらわは思い知らされた。
「い、いったい。何が起きたのだ?わらわ達は、戦場にいた。はずではないか?」
 戸惑いながら皆に聞こえる声量で尋ねると、同じ気持ちだと言う様に、皆首を小さく縦に動かすだけだった。
 ただ一人、京だけを除いて。京はいつもと同じように飄々とした顔つきをしているが、些か曇っている様にも見えた。
「京が・・・わらわ達を助けてくれたのか?」
 わらわは小さく尋ねると、皆が一斉に京を注視する。
 だが、いつもの様に京を見る目では無かった。畏怖とも少し違う、恐れと驚きが綯い交ぜになった複雑な目をしていた。
 皆の脳裏に、くっきりと焼き付いたからであろう。息をのむ程美しく、神聖な姿を持った九尾狐が、あの雷獣をいとも簡単に戦闘不能にさせた所を。
 そして、戦場から美張に瞬間移動と言う奇跡を起こした事を。
 京は、わらわをジッと見つめた。京の黒い瞳が少し淀むと、フッとわらわから目を逸らし、視線が地面に落ちる。
 なんて言おうかと考えあぐねていると言うよりも、言葉にしたくないと言っている様だった。
「姫様、京が助けてくれたに違いありませぬ!」
 痺れを切らした総介が、わらわと京の間に割って入った。その姿が、まるで一身に畏怖に近い目で貫かれている京から、畏怖を取り除こうとしている様に見えた。
「そ、そうじゃの。うむ、総介の言う通りじゃな、何を怯える事があろうか。京、助かったぞ」
 皆と自分を宥める様に言うと、「違います」とハッキリと否定の声が上がった。他ならぬ、京自身から。