狐火に向かって怒鳴ると「もうすでに始めております」と言う、京の強張った声が聞こえた。
 ゴロゴロ、ドッシーン!
 雷がデタラメに、次々と地に降り注ぎ、わらわは退避するにも厳しい道を駆け巡っていた。恐ろしいのはそれだけではない。雷獣自らの攻撃は、大地を抉り、敵味方関係無く、人間達を吹き飛ばした。
 高らかに哄笑しながら、まるで人間を玩具の様に扱う雷獣を前に、人間達は必死に逃げるしかなかった。
 このままでは全滅も大いにあり得る。頼む、京。早く準備を整わせてくれ!
 焦る気持ちを抑えながら、必死に「皆、退けぇ!」と声を張り上げた。
「ぐははははは!」
 雷獣の楽しげな笑い声が聞こえる。それに伴う様にして起こる、耳をつんざく悲鳴。阿鼻叫喚の地獄絵図が、目の前に広がっていたが。
「んんん?!なんだぁ、これは!?」
 突然、雷獣の低い声がひっくり返る。雷獣の方を見ると、雷獣の周りにもくもくと煙が渦を巻き始めていた。それはただの煙ではなく、青白く着色された煙で、濃霧の様に広がり、あっという間に雷獣の姿を隠した。
「なんだぁ、こりゃあ?!どーなってんだ?!」
 ピシャーンと雷を落としながら、雷獣の怒鳴り声が響き渡った。だが、渦巻く煙の層が厚くて、こちらには何も攻撃が来なかった。
「姫!今のうちに全兵を退いて、美張に戻りましょう!」
 狐火から、京の切羽詰まった声が聞こえた。どうやら、策通りに京が足止めを成功させてくれたらしい。
「すまぬ、京!助かったぞ!」
 狐火に叫ぶと、ダダダッと戦場を駆け、美張の家臣達に「すぐに撤退じゃ!戻るぞ!」と怒声を張り上げた。
 雷獣が京の術で止められている事を契機に、次々と武田軍も、美張の軍勢も蜘蛛の子を散らす様に撤退していく。
 わらわも来た道を急いで引き返そうとした瞬間だった。
 暗雲から、もう一匹大きな四足獣が降り立ってきたのだ。わらわはそれに目を見張り、固まってしまう。
 その姿とは、神聖さを感じさせる純白な体毛を持った妖狐だった。尾が九本に割れ、それぞれが意思を持った様にゆらゆらと揺れ動く。
 体は雷獣よりも、少しだけ小さく見えた。だが、雷獣よりも他を圧倒させる覇気を纏っている。そのせいか、あまり体の大きさに差は感じられなかった。