フッと、目の前に死を感じた。戦で何度も目にした暗闇を。一度引き込んだら、離れる事はなく、出られる事も出来ない暗澹とした世界を。
 思わず、ギュッと目を瞑った。風をきる音だけが、妙にハッキリと耳に入る。
 だが、突然落下はがくんと不自然に止まった。腹辺りに何かにつっかえた様な衝撃が来て、風が不自然に鳴り止む。
 わらわは「うっ?!」という呻きと、疑問の声を口から漏らしてしまった。
 落下したはずなのに、全身に痛みが走らないぞ。それどころか、未だにぷらぷらと空中に居る様な。いや居ると言うよりも、留まっていると言う様な摩訶不思議な感覚じゃ。
 何が起きたのだろうと、うっすらと目を開けてみる。堅く瞑られていた目が、うっすらと開かれると、掴めなかったはずの塀の頂点が対等に見えた。
 地に落ちたと言うなら、見上げる様な形になっているはずじゃが。どうもわらわは滞空している・・のか?これはどういう事じゃ?
 訳の分からない状況にぽんと放り込まれて、ひどく狼狽するが。
「姫、これで満足ですか?」
 小馬鹿にした声が上から聞こえて、バッと首を捻り、その声の主を見上げる。
 灰色の肩衣袴に、濃藍色の小袖。
 黒色に見えて、紺色の短髪が太陽の光を受けて鈍く光っていた。癖一つない、まっすぐの髪は耳元で綺麗に切り揃えている。とても眉目秀麗な顔立ちで、一国の女性達は皆虜になってしまう様な整った顔。
 だが切れ長で、涼しげな目元は呆れを物語っている。はあとため息が漏れる口からも、それは感じられる。
「京、その心底呆れ果てた目を辞めよ!それは側仕えの目ではないぞ!」
 抱えられている腕の中で喚くと、京はあしらう様にはっと鼻で笑った。
「姫がそうさせているんですよ。全く、親方様も奥方様もお探しだと言うのに」
 京はわざとらしく肩を竦めたが、ふふふと意地の悪い笑みを零した。
「何を企んでおるのだ!そしていつから近くにいたのだ!」
 落ちない程度に腕の中で喚くが、京はどこ吹く風の顔をして「はいはい」と受け流す。
「さっさと戻りますよ、姫。全く、姫のお転婆には誰もが舌を巻きますよ。