手綱を持つ手が、ズキッと痛む。幾度となく経験している痛みだが、その痛みにはやはり慣れない。グッと呻きが口から漏れる。
 痛みの発生地に目を落として見てみると、腕に付けている甲冑の薄い所をぱっくりと斬られ、その一撃が腕にまで来ていたのだった。わらわが付けた傷よりも大きくて、深い傷を負わされた。
「馬鹿力が」
 苦々しく呟き、ぶらぶらとしそうになる腕に無理やり、グッと力を込めた。ドクドクと血が溢れて、真っ赤な甲冑に混じり、朱色を鈍く光らせる。
 その瞬間だった。
「姫ええええええええええええええ!」
 京の悲鳴に近い絶叫が聞こえ、昌続の後ろの方から鬼の様な形相で京が迫ってきているのが見えた。
 そうか、わらわの血の匂いで分かったのか・・・。
 わらわはグッと腕に力を込めながら「来るでない!」と怒鳴り声をあげ、進撃してくる京をその場で止まらせた。
「一騎打ちじゃぞ!手出しするでない!」
 わらわの怒鳴り声に、「しかし!」と京は食い下がってきた。
 だが、わらわが強く睨むと、京は黙ってそのまま後ろに引き返し、再び近くの敵を蹴散らしていた。
 勿論、京が何か言いたげな顔をしていたのは分かっていた。それに分からぬ程、わらわは愚鈍ではない。だが、そんな優しさは、この戦場においては不要なのじゃ。
 昌続は、わらわを見つめ「ほう」と感嘆した。
「主君としても申し分なしとは。そして、このワシに一撃を入れられた。実に英邁な存在じゃ、小国だけに留まるのは口惜しい」
「ふん、よう言うわ。そんな事微塵も思ってないであろうに」
 ギリッと歯を食いしばり、わらわは痛みを堪えながら返した。
 これしきの痛みで、戦う事を諦めるものか。わらわは戦い続けるぞ、絶対に負けぬぞ。
 痛みを吹き飛ばす様に、わざと力を込めて手綱を握りしめる。つうと流れ出る鮮血が手綱を濡らした。
 昌続も、傷を庇う事なく刀を握り直していた。今度こそは、討ち取ってやると言う覚悟で。
「負ける訳にはいかぬ!わらわが美張を守るのだ!」
 目の前に相手に怒鳴り、緋天を構えて「うおおおお!」と突っ込んでいく。
 ダダダダッと両者の馬が駆け出し、再び刃がお互いを捕らえようとしていた時だった。
 晴天だった空に、一気に暗雲が立ちこめた。どんよりと暗くなり、不穏な風が吹き荒れ始める。