大将である守友が高らかに叫ぶと、「うおおおお」と鯨波があがり、少数の軍勢に向かって攻めてきた。
 どどどどと地面が唸る様に揺れ動く。砂埃も大きく舞い上がり、戦の火蓋が切られた。
「奴は武田ではない!皆、恐れずに行け!美張の力を思い知らせるのじゃ!」
 緋天を守友に向けながら、手綱を引き、「うおおおお!」と雄叫びを上げて馬を走らせた。
「矢を放て!」「構わぬ、突撃しろ!」「戦姫を殺せ!」「姫様をお守りしろ!」「敵を滅ぼせ!」「勝つのは美張じゃ!」「殺せ!」「斬れ!」
 数々の怒声が、戦場に響き渡る。誰もが剣をぶつかり合わせ、相対した敵の命を奪おうと躊躇いも無く剣を振り回していた。
 その間で、わらわは大将首に向かって脇目も振らず走って行く。馬から引きずり下ろそうと剣を振り上げる兵士達を次々と斬っていきながら、大将に向かって突っ込んだ。
 やはりこの軍勢では、大将までが遠い。最強の部隊がいないのが、何よりの救いだが。それでも、この軍勢はちと厳しいの。守友は諦観しながら、戦を上手く作ろうと言う役どころの腹づもりだろうが。わらわが近づけば、必ず向かってくるだろう。武田の直属家臣としては、手柄を逃したくは無いだろうからな。
「守友おおおおおおおおおお!かかってこぬかああああああああああ!」
 声を張り上げて、敵を斬っていくが。怒りの籠もった声は、数々の怒声に混じって守友の奴には届かない。
 するとわらわの道を塞ぐように、騎馬に乗った武士の一人が躍り出た。
「戦姫、これ以上は進ませぬぞ」
 わらわを睨む眼光が鋭く、纏っている覇気がビリビリとわらわを圧倒させる。背丈もあるせいか、甲冑は大きく見え、馬よりも大きいのではと感じてしまう。手に持っている、一族が受け継ぐとされている長船一派の刀が鈍く光っていた。
 見るからに、歴戦の武士。土屋昌続(つちやまさつぐ)、守友と同列で並ぶ武田二十四将の一人だ。まさか二枚看板で出張ってくるとはな。
 わらわは馬を引き、宥めさせてから、目の前に構えている昌続を見据える。
「そなたまで居るとは、ちと計算外じゃ」
「まだまだ若いの、戦姫。戦とは、何があるか分からないものだ。ただでさえ、女子がいて良い場ではないわ」
 低く唸る様な声が、しっかりと耳に入る。
 ふん、そんな牽制でわらわが怯む訳なかろう。