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 ぶおお、ぶおおお
 遠くで士気を高めるホラ貝が、高らかに鳴っているのが聞こえる。風に乗って、どこまでも音を届けるように、ぶおおおと言う音が響いて聞こえる。
 ざっざっと足軽達や歩兵が歩くごとに、砂埃を舞わせる。甲冑を着た馬も、酷く重たい足取りで地を踏みしめて、主人を乗せて歩いていた。
 いつもは何もない平地。偶に子供達が戦ごっことして、その開かれた土地に集まるだけだが。今日は大勢の人間が集っていた。甲冑を着た武士達が幾人も並び、それぞれ西と東に別れて対立している。
 ビリビリと静かな緊張と殺気が、甲冑の上からでも突き刺さる。
 わらわの目の前には、孫子の言葉が書かれた武田の幟と、ムカデの使番指物を掲げた軍勢が、ずらっと並んでいる。ざっと二百人はいるであろうか。
 こちらの軍勢は、目の前に居る武田軍の半数以下にしか見えない。
 頭数の多さに目を見張りそうになるが、わらわが気になったのはそこではなかった。
 大将を背負っているのが、武田信玄ではなかった事だ。
「あれは・・・・三枝守友ではないか」
 総大将である武田信玄は出張らず、二十四将の一角で充分とみられたのか。
 信玄め、どこまで舐めた真似をしよるのだ!
 ギリッと奥歯を噛みしめ、手綱を持つ手が怒りでふるふると小刻みに震えた。
 数の多さで圧倒してくるであろうと言う事は、予測していた事だった。だが、戦場の大将を家臣の一角に担わせるなんて、予想していなかった。
 小国であるから、それ相応で良い。集中すべきなのは、上杉との戦だと思われた事が腹立たしい。
「姫、策を変えますか?」
 突然隣でふわふわと漂い、青白い光を妖しげに放っている狐火から、京の淡々とした声が聞こえた。
「予定通りの位置に配置できましたが。如何致しますか?」
 今度は総介のやや強張った声が、狐火から聞こえる。
 わらわは怒りで高ぶる気持ちを抑えるように、ふうと嘆息してから「いや」と重々しく答えた。
「そのままで良い。合図があるまで、忍んでおれ」
「「御意」」
 歯切れの良い声が返ってくると、狐火がゆらっと揺れた。
 ぶおおおお、ぶおおおおお
 敵陣のホラ貝が、まるで勝利を確信した様に高らかに鳴り響く。
「小国美張は、恐るるに足らず!主君の名の下に、美張の戦姫を討ち取れええええ!」