よし、では行くとしよう。城内を混乱に陥れたまま、城下町ぶらりは楽しいはずじゃ。何より、今日の城下町はいつもとは違うからのぅ。絶対に行かねばならぬ。
 自分の髪をキュッと結い紐で高く結び、水干の裾を紐でたくしあげて固定する。腰に差してある愛刀も、助走の邪魔にならない様に手に持ちかえた。
 ふうと短く息を吐いてから、もう一度耳を澄ませてみる。耳に入るのは、激しく下から吹いている風の音。風に乗って聞こえる賑やかな城下町の音。そしてバタバタと廊下を駆け回り、自分の姿を探して、必死になっている家臣達の声。
 数々の音が自分の耳に入り、フフッと笑みを漏らす。全てが愛おしい音、美張にしかない、平和の音。
 わらわはゆっくりと立ち上がって、フッとそのまま前傾姿勢になる。すると足が自然と前に駆け出した。瓦をがっがっがっとリズム良く踏みしめ、吹き荒れる風に乗って下っていく。
 あっという間に瓦の一番下まで走り、塀と城の瓦との間に空いた空間が見えた。このまま落ちたら、とんでもない大怪我だろう。
 けれど、わらわは臆する事なく、加速した足を止めずに、すぽーんと大空に駆け出した。全身が風を受け、ぶわっと心地良い風に乗っていく。
 自分が空を自由に飛び回る鳥の様になった様に感じ、バッと手足を大きく広げる。
 部屋を抜け出して、こっそりと屋根に登って、城下町に下りようとしなければ、得られなかった清々しい気持ち。
 こんなに気持ち良い瞬間があったなんて、わらわは阿呆じゃった!なんて気持ち良いのだろう!
 だが空にいると、明るい気持ちは一気に萎み、何やら胸に不穏な感情がポッと生まれた。瓦屋根の上にいる時は、微塵も感じなかった不穏さが、今になって襲ってくる。
 視線はしっかりと塀を映しているのに、広げている手が塀を掴むか、掴まないかのギリギリの距離だからだろうか。いや、体が風に乗る事を辞めて、どんどんと滞空時間を狭めているだろうか。
 正解は・・・どちらもじゃ!
 自分が鳥と同列になるなんて、おこがましいと思い知った。風に乗っている体は軽いはずなのに、あっという間に下降していく。
 このままでは塀を掴んで城下町に降りるどころか、落下して浄土に降り立ってしまうぞ!けれど、為す術は無い!わらわに出来る事は落ちていく事だけじゃ!