流されそうになったが、自分の流れを持ちこたえ、「京!」と再び声を張り上げた。だが、京は相変わらず飄々とした笑みを見せている。
「良いじゃないですか、姫。民は守れた、この城下町は守れた。民からは感謝される。ますます姫の株が上がる。何も悪い事はないでしょう?」
「そういう問題じゃ」
「騒ぎかと思うて急ぎ足で参れば。成程、貴方様でしたか」
 わらわの言葉がのほほんとした声に遮られ、声のした後ろをバッと見る。深く編み笠をかぶっており、顔がよく見えない。千種色の小袖を纏い、その体つきはよく鍛錬を重ねていると見て分かる。腰に脇差しと太刀を差している、軽装をした武士。
 男はしっかりと縛っている顎紐を解いて、ゆっくりと笠を取り、見えなかった顔を露わにさせた。
 菩薩の様な柔和な笑みを見せている武士の正体は・・・
「総介!」
 驚きと歓喜を滲ませながら名を呼ぶと、総介は笠を体の線に沿わせる様に持ち、深々とお辞儀をした。
「伊武次郎総介。主君の命を果たし、信濃からただいま戻って参りました」
 
二章 戦え、美張の為に!
「よう戻って来たなぁ、総介」
 豊穣祭をぶち壊した妖怪を京が綺麗に片してから、わらわ達は城に戻ってきたのだ。
 わらわの命で信濃に行っていた総介を見た、城内の家臣達は「よう戻った」と、嬉しそうに温かく迎えていた。総介もこの出迎えにはまんざらでも無い様で、いつも以上に口元を綻ばせていた。
 そして父上に戻った挨拶を済ませてから、わらわの部屋に行き、現在に至る。
「思ったよりも、関所を抜けるのがちと厳しく。戻って参るのに、少々時間を要してしまいましたが」
 目の前に座る総介は、柔和な笑みを浮かべながら告げているが、その顔には苦労が刻まれていた。わらわはその顔を見て、「すまぬ」と躊躇いがちに目を伏せた。
「悪かったの、難題を押しつけて」
「いえいえ、姫様の為とあらば。これくらい、何ともありませぬ。拙者、姫様の為なればどこへでも足を運びましょう。南蛮に行けと仰るならば、拙者は喜んで南蛮に向かいまするぞ」
「ハハハ、そこまでは言わぬ。主は側仕えだからの、基本はこうして欲しいものだ」
「御意に」
 深々と頭を下げた総介に、わらわは苦笑しながら「面を上げよ」と告げる。