轟々と耳元で風の唸り声が聞こえ、体がどんどんとムカデの妖怪に向かっていく。
 するとムカデの妖怪は、わらわに気がき、わらわに向かって「オオオオ」と言う地響きの様な雄叫びをあげた。
「何故入って来たかは知らぬが、悔いてもらおうかの!」
 シャッと愛刀・緋天(ひてん)を抜き、美しいと息をのむほどの銀色の刀身が現れる。
 ギュッと朱色の柄を掴み、力を込め、ふうと息を小さく吐いた。その途端、全ての神経が研ぎ澄まされ、轟々と唸っていたはずの風の音も聞こえなくなる。オオムカデの妖怪の鋭い足がゆっくりと飛んでくる様に見え、相手の全ての動きが遅く感じる。
 わらわは体をくいっと反らしながら切り捨て、京の操る速度に合わせて、ムカデの首目がけて刃を入れた。緋天の美しい刃が、首の肉を抉ろうと、ぷつりと入り込む。
 その瞬間、緋天の刃にボッと青白い炎が灯り、切り込んだ所から炎がぶわっと広がった。スパッと真一文字に斬った時には、緋天の切り傷の中で青白い炎がもぞもぞと蠢いていた。堪らずに、ムカデ妖怪の巨躯な体がどしいんとゆっくり倒れていく。
 倒れいくムカデ妖怪の姿を見て、研ぎ澄まされていた神経がゆるゆると弛緩する様に元に戻った。
 そしてわらわは空中にいるまま、すかさず京を睥睨する。
「こらぁ!京!手を出すなと言うただろうが!」
 京の耳にしかと届いているはずなのに、京は下で「なんですかぁ?」とすっとぼけた顔をしていた。
 そうしてゆっくりと体が下がっていき、ふわんと地面に着地する。地に足がつくと、わらわは朱殷色の血が付いた緋天をバッと軽く振って血を飛ばし、袖で軽く拭いてから、流れる様な所作で鞘にしまった。
「お見事でしたねぇ、姫」
 感嘆しながら京が目の前にやってきて、軽やかに拍手を送る。「流石は戦姫」とわざとらしく付け足され、そこでわらわの中で何かがぷつんと切れた。
「なぁにがお見事でした、姫。流石は戦姫、だ!手を出すなと言うたのに!」
 怒り心頭で噛みつくと、京は「何もしてませんよ」と飄々と打ち返す。
「緋天にあんな炎が勝手に灯る訳なかろう!」
「緋天の刀身に、狐火が灯ると実に見事ですよねぇ。雅致のある刀になりますよねぇ」
「そうなのじゃ、緋天は実に美しい刀だしの・・・って、そうではない!」