「俺は、てっきり姫のおそばにおりますよって言うのを、言わせたいのかと思ったんですけどねぇ」
「そ、そんな訳なかろう。妖怪としての立場もあるから、主は大変だと言う事を言いたくてだなぁ」
 しどろもどろに言葉を続けていると、「ひーめ」とからかう様な声で呼びかけられ、軽く苛立ちながら顔を上げた。
 するとわらわの眼前には、京の端正な顔があった。「わっ!」と声をあげて、そこから慌てて距離を取る。
 途端に、京はアハハッと心底楽しそうな笑い声をあげた。目を細めて、ケラケラと楽しげな哄笑が、淀みなく出てくる。腹立たしい事に、細い指で切れ長の目元を何度も擦っていた。
「ぐっ、ぶ、ぶ、無礼だぞ!」
 ビシッと京の顔を指差しながら声を張り上げる。けれど、手首からぶらぶらと巾着やらが揺れたので、しまりのない格好になってしまった。
 それで更に可笑しくなったのか。京の高笑いが笛の音に混じり始め、ある種の音楽を作り始めた。
 本当に無礼じゃ、こやつは!いつも無礼だが、いつもに増して無礼じゃ!
 わらわが悔しげな顔をしながらキッと睨み上げていると言うにも関わらず、はーはーと切れ切れの息混じりで笑い続けた。
 そして大分落ち着きを取り戻すと、京は「はー、笑った」と面白げに呟き、パッパッと目元を拭う。
「いや、まことに申し訳ありませんね、姫。はー、可笑しかったぁ」
 今更ながら恭しい口調になり、わざとらしく胸に手を当てて腰を少し折り曲げた。
「無礼をお許し下さいませ、姫。もう致しませんので」
「当たり前じゃ!」
 すかさず食ってかかると、京は頭を上げてニコッと口元を綻ばせる。わらわはその笑みを見ると、はあと呆れたため息を吐き出した。
「全く、わらわじゃなければ打ち首・晒し首も良い所よ。こうして、側仕えに置く事もないであろうな」
 わらわの優しさに感謝せいと付け足すと、京は「ははっ」とわざとらしく答え、再び腰を折り曲げた。
 こういう時だけは調子が良いのぅ、全く。これ以上の説教は馬の耳に風、無駄じゃな。こやつの性根をたたき直すのには、仏様も苦労するであろう。
 はあともう一度肩を落として、「本当に分かったか?」と尋ねると、軽やかに「はい、それはもう」と答えられたので、より肩ががくりと落ちてしまった。
「姫、そんなに気を落とさないで下さいませ。さあ、次はどこに参りましょうか」