戦妖記~小国の戦姫~

 薄ら笑みを浮かべながら言われ、動こうとしていた俺の動きをビシッと止める。
「こちらからは雷獣も出しておるし、あの多勢じゃ。お前が行ったところで、奴らの破滅は止められぬし、お前が駆けつけるまで持つまいよ」
 窮鼠猫を噛めるかどうか、と言った所じゃわぁ。と、嘲笑混じりに付け足される。
 激怒がごうっと唸り、全身に駆け巡るが。俺は奥歯でその怒りを噛み潰し、バッと妖王から離れて、赤い月が浮かぶ禍々しい空の向こうへと向かって行く。
 ここで妖王に怒りをぶつける時間が無駄なのだ。こうしている間にも、向こうの時間は、どんどんと進んでいる。
 確かに、ここで尻尾を巻いて逃げるのは悔しさでしかない。俺の怒りが不発に終わり、憤懣としなければいけないのも嫌でしかない。
 だがそれでも、今はそれらの気持ちを押し殺さねばならない。そうしないと、姫をお救いする事が出来なくなる。あの時は間に合わなかった、救えなかった。
 今回こそは間に合わねばならない、救わなければならない。そうしないと、最悪が俺に降りかかる。絶望に突き落とされ、もう二度と立ち直る事が出来なくなるだろう。そしてこれ以上の後悔を抱え、これ以上の苦痛を味合わされるだろう。
 姫が死ぬとは、そう言う事だから。
 グッと奥歯を噛みしめ、俺はそのまま空間を突き破り、美張に直行した。
 幸いなのか、狙いなのか。よく分からないが、妖王は俺を阻みもせず、追っても来なかった。
・・・・・・・
 わらわは静かに天守閣から、朝を迎える美張を眺めていた。
 朝日はいつもの様に煌々と光り出し、一日の始まりを告げてくるが。美張が迎えるのは、いつもの朝ではなく、随分閑静な朝だった。
 朝餉の時間だからとバタバタと帰ってくる者も、魚や野菜を売り買いしている者達の声も。何の声もしない、誰の姿も見えない。
 清々しい朝の風景と寂寞とした城下町は、ひどく虚しさを与える。
 なぜ、こうなっているのか。それはわらわが、昨夜のうちに美張の者達を全員他国に出立させたからにある。
「明日、織田軍がここに攻め入ってくる。いつもの通り、美張は平穏無事を保っていたいが。そうもいく相手ではない。断腸の思いで告げるが、皆美張から出立し、他国に移れ。皆を守る為じゃ、許して欲しい」
 夜遅くの宣言に、皆愕然とし、ひどく狼狽した。なぜ、どうしてと小さな悲鳴もあちこちであがった。