戦妖記~小国の戦姫~

 だからあの時、京は辛そうにもの申していたのか。辛そうにわらわを見つめていたのか。それなのにわらわは惨憺な現実に動転し、簡単に突き放し、刀を向けたばかりか斬りかかった。
 京に、なんて事をしてしまったのか。幾ら動転していたとは言え、きちんと話を聞くべきだった。決めつけて、刀を向けるとは、主君として恥ずべき行為。絶対にやってはならぬ事をしてしまった。
 あの時の自分の愚かさを身に染み、忸怩たる思いでいっぱいになる。
「わらわは、なんて事を・・・」
 遅すぎる後悔を口にし、項垂れると、「姫様」と優しく頭を撫でていた手が、しっかりと肩に乗せられ、顔を上げさせる様に力を込められる。その狙い通りに、わらわが弱々しく顔を上げると、そこには満面の笑みが広がっていた。
「何も悔やむ事はございませぬ。京は必ず姫様の元に戻って参ります」
 力強く言われるが、わらわは自嘲気味な笑みを浮かべ「そうなる事はないであろうな」と目を落とした。
「わらわは出て行けと言った。顔も見とうないと言い、京を思い切り拒絶したのじゃから。今更じゃ、謝りたいなぞ虫が良すぎると言うものよ」
「ええ。ですが、姫様。何も憂慮すべき事はございませぬ、京は必ず戻って参ります」
 随分と力強い言い分に、わらわは「そう言ってもらえると些か救われる」と、弱々しく破顔したが。総介が「これは慰めの言葉ではなく、真実にございます」と毅然と返した。
「随分言い切るの。お前には京が戻ってくると言う根拠があるのか?」
「姫様、先程も申し上げました通り。京も拙者等と同じにございまする。妖怪と言えども、その思いは我ら人間にも負けないでしょう。偶に拙者は忘れてしまいまする、奴が妖怪であると言う事を。抱く感情は人間より人間らしく、人間の様に思いに苦悩する事もあります。姫様には絶対に見せぬ部分で、お分かりになられないと思いまするが。奴は本当に姫様だけを想っておられますよ」
 故に、ご心配ないかと、と相好を崩しながら付け足される。
 総介の言葉で、わらわの胸に安堵が広がった。いや、安堵というよりも「きっと、そうであろうな」と言う思いが生まれ、じわりじわりと温かな物を広げていく。沈んだ心もふわふわと温かな物に包まれ、闇が取り払われる。
 そしてわらわの中にある京という存在も、しっかりと元に戻っていった。