戦妖記~小国の戦姫~

「美張国国主となられても、拙者が貴方様の側仕えだと言う事は変わりませぬ。故に、拙者の前だけはいつもの様に振る舞って下さいませ。拙者の前でも、毅然と振る舞おうとしなくて良いのです。拙者は貴方様の側仕えなのですから」
 にこやかに告げられ、いつもの温柔な笑みを見せられる。その笑みを前に、わらわはうっと言葉を詰まらせた。その隙を突いてか、総介は「それでもまだ」と言葉を畳みかける。
「それでもまだ、意地を張られるのであれば。贅言かと思いまするが。拙者、一言申し上げまする。姫様は、長であると言う事を些かはき違えておられるご様子」
 にこやかな口調だが、淡々と冷ややかな感情が交じった言葉に、「何じゃと?」と眉根を寄せた。
 総介がこんな事を言うのは初めてだった事もあり、嫌悪の中に少々驚きを見せてしまうが。
 総介はわらわの反応を歯牙にも掛けず、言葉を続けた。
「長である前に、貴方様は親方様と奥方様の大切なご息女ではありませぬか。故に、悲しみに蓋をし、涙を堪える必要はございませぬ。姫様が涙を堪えてしまわれたら、親方様と奥方様にとってはあまりにも酷ではありませぬか。悲しみに蓋をし、涙を見せぬ事は素晴らしい気構え。しかしそうして堪え、涙をしまわれてしまわれたら。涙を流す場所もなくなり、涙を流すと言う事をお忘れになられてしまいまする。そうなれば親方様方は勿論ですが、姫様自身もお辛いでしょう」
 ドスッと言葉が深く心に突き刺さり、我慢していた涙が「そうだ」と言わんばかりに目からじわじわと溢れてくる。
「もう一度申します、姫様。拙者等は、姫様の側仕えであると言う事は変わりませぬ。いつも通りで良いのです。それとも何でしょう。拙者等には全てを打ち明けられる程、信頼を置いておらぬと言う事にございまするか?」
「そ、そんな訳はなかろう!」
 総介の心外な言葉に噛みつくと、堪えていた涙が目からぽろっと一筋頬をつたった。その一筋を契機に、わらわの目からぽろぽろと涙が零れ落ち、うっうっと小さな嗚咽が漏れ始める。ひっくひっくとしゃくり上げ、肩を上下させる。
 土で汚れた手で目元をごしごしと何度も拭うが。涙は止まらずに、淀みなく流れる。
 そんな様子を見て、総介が柔らかく「それで良いのですよ」と告げた。
 その声を聞き、涙が更に奔流していく。