戦妖記~小国の戦姫~

 すると京殿が目の前に現れたのです。某は驚き、逃げようとしましたが。妖術にかかった様に体が動かず。そして京殿は冷笑を浮かべながら紙を拙者の袖に忍ばせ「明後日、織田軍がここに攻め入る。宣戦布告じゃ」と妖しく告げて、拙者に指を向けました。そして気がつけば、厩舎に居たのですが。拙者は、その時の京殿が京殿だとは思えませぬのです。妖しげな雰囲気は京殿も持ち合わせておりましたが、怖いと思った事は一度もございませぬ。それに京殿の話し方にも違和感がございました。故に親方様方を殺したのは、京殿の格好をした別の何かにございます」
 涙を堪えながら訥々と話す竹福丸に、わらわは愕然とする。
 竹福丸は嘘を申す奴でもないし、物事の核を的確に捉える事が出来る童じゃ。故に、話に嘘偽りはないのであろうが。そうなると、わらわが刀を向けた京が、本物であった言うのか。あの手に付いていた血は、助けに奔走していた証だったのか?
 思いも寄らぬ事態に傾きつつある事に、狼狽し始めるが。同じく話に耳を傾けていた家臣達が「馬鹿な!」「そんな事がある訳なかろう!」と騒ぎだした。その事により、わらわは狼狽する心を諫められ「黙れ!」と、再び一喝する。
「偽者であったにしろ、本物であったにしろ。城内の者達が皆殺しにされた現実は変わらん。今考えるべき事は、織田が攻め入ってくると言う事のみぞ!」
 凜として告げると、その通りだと家臣達は現実を真摯に受け止め、真剣な面持ちになった。
 わらわはその真剣な眼差しを受け止めると、「道は三つじゃ」とポツリと言葉を吐き出す。
「勝率は低いであろうが、憎き仇を討つ為に奮闘するか。白旗をあげ、美張をおいそれと差し出すか。悲しみに囚われ、殉死をするか。わらわ達に残された道は、この三つじゃ」
 淡々と告げると、家臣達は皆「戦いましょう!」といきり立った。
「このままでは、殺されてしまった親方様と奥方様。城の者達があまりに無念!仇が来ると言うのなら、武士らしく戦い、迎え撃つのです!」
 佐助が野太い声で答えると、その声に続いて皆が「そうです!」と熱く同調する。
 わらわはその力強い声に、悲しみを通り越した怒りに震える声を受け止めてから、スッと片手を挙げ、皆を制する。