戦妖記~小国の戦姫~

 父上の良さは海の様に深いお心だけではなく、持ち合わせた厳しさにもあるであろう。懈怠や不正を許さず、それらを犯した者は厳しい処罰を行っていた。そうして他人に厳しい姿勢を見せておられたが、己にはより一層厳しいお方だった。足を失ってからも鍛錬を辞める事はなく、学問も学び続けていた。どんな事にも諦めず立ち向かい、一切の甘えは許さない。そんな背中を見せてきたからこそ、わらわ達は皆父上に付いていったのだ。
 やはり全てにおいて完璧なお方じゃ。わらわは偉大すぎる背中を見て育ったものよ。父上に追いつく事は愚か、追い越す事も出来ぬであろうなぁ。
 そうして口元を綻ばせてから、ゆっくりと父上を墓穴に降ろし、わらわ達は身を切る程辛い時を迎えた。墓穴に寝かせた一人一人に、土をパラパラとかけていく。
 土をかけられていると言うのに、「辞めてくれ」「生きているから、土をかけないでくれ」と、声をあげる者は誰も居なかった。
 もう二度とこちらの世界に戻ってくる事はないと。永遠の別れがやって来たのだと、もう二度と会えないのだと。嫌な現実を目の前に突きつけ、思い知らせる。
 そしてわらわの家族が一人、一人、また一人と土の中に消えていく。
 もう二度と、彼らには会えぬ。こんな別れを迎えとうはなかったな。
 パラパラと土をかけていく度、ギュッと強く胸を締め付けられた。こんな時も会ったなと感慨深い思いに囚われながら、瞼裏に映る楽しい記憶に涙腺が刺激される。
 だが、「泣くな、甘えるな」と、己に厳しく鞭を入れ込んで律し、涙を堪えた。
 そしてその者達に別れを告げていく。最愛の母上と、父上にも。十六年分の感謝と伝えきれない愛と、間に合わなかった謝罪を伝える。
 お二人は、わらわがどれほど足掻いても、努力しても。一生超える事が出来ぬ壁にございます。
 父上、わらわは貴方様の望む様な娘ではありませんでしたね。裳着の晴れ姿も、嫁の姿も、孫も、貴方様に何一つ見せられませんでした。そして父上がいらっしゃらねば、わらわは戦で早々に命を落としていた事でしょう。幾度も父上のおかげで命を救われたと言うのに、わらわは父上をお救いする事が出来なかった。本当に申し訳ありませぬ。