美しい長い髪が顔の横に流れると、お隠れになっていた母上の顔が露わになった。そして見つける、唖然とした驚きの渦中に流した涙の痕を。
何を思って、母上は亡くなられてしまわれただろうか。
色を失った母上の瞳を見つめると、わらわが茶色の瞳に映るが。母上の目がわらわを映す事はない、ただ瞳にわらわが反射しているだけだ。
「母上、千和は無事戻って参りましたよ。遅くなり、大変申し訳ありませんでした」
囁く様に告げると、目の端から母上の最後の涙がつうと一滴零れ落ちた、気がした。
お帰りなさいと言ってくれたのか。それとも最後に会えず、父上と共に浄土に行ってしまう事の悲しさの涙なのか。
わらわには分からなかった。けれど、母上がどちらも伝えたかった事なのだろうと思う。
母上は誰よりも優しく、心が清く美しい人だった。そしてわらわには勿体無き程の、最高の母君であった。
母上をそっと墓穴に乗せると、離れがたい気持ちが溢れそうになる。ビシビシと鞭を入れ込んで毅然とした姿勢を保っているのに、それが簡単に壊れそうになった。
母上から離れるなんて出来ないと、心が喚き始める。
そして離れたくないと言う、心からの主張の様に記憶の本がパラパラと開き、母上との思い出を瞼裏に映し出した。
そうじゃ。わらわは幼き時、よく母上に抱きついていたなぁ。姫としてはしたない行動だと言うのに、母上はいつも優しく抱きしめ返し「母はどこにも参りませぬ、貴方の側におりますよ」と宥めてくれていたものじゃわ。
瞼裏に映る思い出に口角が少しだけ緩むが。その緩みは、すぐに悲しみに侵食され、わなわなと震え出す。
もう「どこにも参りませぬ」とも「側にいますよ」とも言ってくれないのじゃ。母上は、抱きつくには遠い場所に行ってしまわれたのじゃ。
喚く心に残酷な事実を突きつけてから、わらわは母上からゆっくり離れる。
「次は父上じゃ」
「ハッ」
涙ぐんだ弱々しい声を聞いてから、わらわは「行くぞ」とスタスタと歩き出した。
そして階段を上り、父上が伏している部屋に向かう。何人もの人間が消えた城内は、ひどく寂寞としていて、遺された者達の足音が悲しげにぎいぎいと響く。
何を思って、母上は亡くなられてしまわれただろうか。
色を失った母上の瞳を見つめると、わらわが茶色の瞳に映るが。母上の目がわらわを映す事はない、ただ瞳にわらわが反射しているだけだ。
「母上、千和は無事戻って参りましたよ。遅くなり、大変申し訳ありませんでした」
囁く様に告げると、目の端から母上の最後の涙がつうと一滴零れ落ちた、気がした。
お帰りなさいと言ってくれたのか。それとも最後に会えず、父上と共に浄土に行ってしまう事の悲しさの涙なのか。
わらわには分からなかった。けれど、母上がどちらも伝えたかった事なのだろうと思う。
母上は誰よりも優しく、心が清く美しい人だった。そしてわらわには勿体無き程の、最高の母君であった。
母上をそっと墓穴に乗せると、離れがたい気持ちが溢れそうになる。ビシビシと鞭を入れ込んで毅然とした姿勢を保っているのに、それが簡単に壊れそうになった。
母上から離れるなんて出来ないと、心が喚き始める。
そして離れたくないと言う、心からの主張の様に記憶の本がパラパラと開き、母上との思い出を瞼裏に映し出した。
そうじゃ。わらわは幼き時、よく母上に抱きついていたなぁ。姫としてはしたない行動だと言うのに、母上はいつも優しく抱きしめ返し「母はどこにも参りませぬ、貴方の側におりますよ」と宥めてくれていたものじゃわ。
瞼裏に映る思い出に口角が少しだけ緩むが。その緩みは、すぐに悲しみに侵食され、わなわなと震え出す。
もう「どこにも参りませぬ」とも「側にいますよ」とも言ってくれないのじゃ。母上は、抱きつくには遠い場所に行ってしまわれたのじゃ。
喚く心に残酷な事実を突きつけてから、わらわは母上からゆっくり離れる。
「次は父上じゃ」
「ハッ」
涙ぐんだ弱々しい声を聞いてから、わらわは「行くぞ」とスタスタと歩き出した。
そして階段を上り、父上が伏している部屋に向かう。何人もの人間が消えた城内は、ひどく寂寞としていて、遺された者達の足音が悲しげにぎいぎいと響く。



