戦妖記~小国の戦姫~

 わらわは生きていた事に歓喜し、「頼晴!お前、生きていたのか!死んだと思っておったのに!」と声を上げたが。
 頼晴は焦点の合わない目でわらわを見つめながら「京殿が、拙者らを」と苦し紛れに呟いた。
「京、殿が」
「頼晴、もう良い!!佐助、すぐに薬師を!」
 京殿がと訴え続ける頼晴の言葉と重なる様に、佐助が歯切れ良く「ハッ!」と答え、動き出す。
「京殿が、親方様を」
「もう良い!喋らず、横になれ!」
 わらわが命じた刹那、頼晴の胸にバシュッと真一文字に深く傷を入れ込まれ、頼晴は血を吹き出して倒れた。
「頼晴!」「頼晴殿!」
 全員が頼晴の方に駆け寄るが。わらわだけは前を向き、緋天を向ける。
「よくも、よくも頼晴を!」
「ひ、姫。俺ではありませぬ、これは恐らく」
「これでもまだ言い逃れするか!お前しか、こんな事は出来ぬわ!」
 蒼然としながら告げる京の言葉を遮って、わらわは強く唾棄する。
 目の前で頼晴を殺した。わらわの家族を殺した。そんな奴を生かしてはおけぬ。こいつを許すべきではない。
 わらわの側仕えだったはずなのに。わらわの大切な存在であったはずなのに。
 怒り、悲しみ、苦しみ。全ての負の感情が綯い交ぜになり、押し寄せ、抱えきれる容量を易々と超えていく。心が粉々に壊れ、訪れる闇の世界。
 何も見えない、何も聞こえない。大切な者だったはずの姿も、大切な者だったはずの声も。
 わらわはヒュッと素早く緋天を横に振り、スパッと京の白い肌に短い一文字が入った。遅れてぷっくりと血が表に現れ、ツウと静かに滴る。
「出て行け。貴様はもう、わらわの側仕えなどではない」
 わらわは冷徹に告げた。その瞬間、壊れたはずの脳裏に京と過ごした日々が映し出される。数々の言葉がハッキリと響き、その時に感じたわらわの気持ちも思い起こされた。
 だが、それらは押し寄せる闇の世界に次々と消えて行ってしまう。わらわの抱えていた気持ちも、何もかもが。闇の世界に消える。
 だからか、目の前の奴がどんな顔をしているのかも分からなかった。でも、それで良い。顔を見ると、心の奥底で喚いている自分が戻ってくる気がしたから。これで良い。
「出て行け、顔も見とうないわ・・・・出て行け」
 もう一度冷淡に告げ、わらわはくるりと背を向けた。