翌朝、ララ姫は不敵な笑みを浮かべながらやって来た。
「ナイジェルの元に王太子から返事が届いたそうだ。残念ながら人質交換に応じぬと言うておる」
ララ姫はさもおかしそうに高らかに笑った。
「そなたに残された道は二つに一つ。大人しく妾のものになるか、首だけの状態で仲間の元に戻るか。
妾のものなったあかつきにはクルスの王宮で何不自由ない暮らしをさせてやろう。悪くない待遇であろう?」
ラルフは数日振りにすっきりとした頭で目覚めた。太陽の光は眩しく、風の音が耳に心地よい。全身に力がみなぎっているようである。
蜜色の薔薇の副作用が抜けたおかげ……だけではないことを今のラルフは知っていた。
「貴女は3人の夫を愛しているか?」
ラルフはララ姫に問いかけた。
「何を言っておる?」
「……聞き方を変えよう。夫に愛されていると感じた事はあるか?」
窓からチラチラと光が反射してくる。これはレジランカ騎士団で使っている合図のひとつである。
「私はあるぞ。今、この瞬間にもな!!」
ラルフの声に応えるように馬のいななきが聞こえてくる。これはロンデに違いなかった。
「御託を並べおって、うるさい男じゃ。さあつべこべ言わず、妾に忠誠を誓え!!」
「……断る!!」
ラルフはケイネスより素早い動きでララ姫の身体を攫い、細い首を締め上げた。
「姫様を離せ!!」
「近寄るな!!危害を加えるつもりはない!!」
ラルフはララ姫を抱えたままケイネスと睨み合い、じりじりと窓際まで後ずさりした。
剣を抜いたケイネスは殺気立っていた。自分の命よりも大切なララ姫を人質にとられ、明らかに冷静さを失っていた。
「ケイ……ネス……」
「ララ姫、申し訳ないが私は既に妻となる女性に忠誠を誓っている身だ。貴女からのお誘いは慎んで遠慮する」
ラルフはそう言うとララ姫をケイネスの方へと突き飛ばし、背後の窓を開け放った。
「……さらばだ」
ラルフはそのまま後ろに倒れるようにして2階から身を投げ出した。窓から顔を覗かせるララ姫が次第に小さくなっていく。
ラルフは空中で態勢を変えー回転すると、転がりながら地面へと着地した。
「ラルフ様!!」
「マリナラ殿!!」
マーゴに扮したマリナラがロンデに跨り駆けてくると、そのまま後ろに飛び乗る。
「手綱を持って身をかがめていろ!!このまま突っ切る!!」
マリナラから剣を受け取ったラルフは剣を抜いた。
久方ぶりに主人を乗せたロンデは興奮した様子で走り出す。
「どけ!!」
一連の騒ぎを聞きつけたクルス兵が次々とやって来てはラルフに薙ぎ払われていく。
「おのれ!!逃がしてなるものか!!」
最後にロンデの前に躍り出たのは目を血走らせたナイジェルであった。
このままでは領土が手に入らないどころか役立たずの汚名を着せられる。それはナイジェルにとって耐え難い屈辱であった。
「馬鹿にしおって!!」
ナイジェルは剣を構えた。己の花道を汚す輩を野放しにはしておけない。
「ラルフ様!!」
「このまま走れ!!」
……邂逅は一瞬のことだった。
ラルフはナイジェルの剣の切っ先を正確に見切ると上体を逸らし紙一重のところで躱した。
次の瞬間には体勢を戻し、渾身の力を込めた一太刀をナイジェルに浴びせかけた。
「ぐ……ぐああああああ!!」
白刃はナイジェルの首を捉えていた。
ナイジェルは血を止めようと切られた首を押さえたが、やがて意識朦朧となり地に伏した。
(なぜ……だ……)
……ナイジェルは最後までラルフを無能な王子だと軽んじたまま絶命したのであった。