ニキに先導されマリナラを砦の最上階にある司令室へと向かった。
砦を歩く間マリナラは好奇の視線の数々に晒された。
北方騎士団に女性は所属しておらず、サザール砦に女性がいることは非常に珍しい。ニキのように武装しているならともかく、簡素なドレス姿でも大変美しいとなれば、さらに希少性が上がる。
マリナラは司令室までの道中でラルフが人質にとられた経緯をキールから聞いた。
団長自ら軽率な行動をとり、結果として仲間を危機に陥れたラルフには呆れ返るしかない。最後まで団長の無茶を止めなかった副団長の責任も追及したいところだ。
……しかし、今は時間がない。
「地図を」
マリナラは司令室に入るやいなや地図を要求し、テーブルの上に広げるように指示した。
「ラルフ様が囚われている屋敷の位置は?」
「ここだ。洪水で近隣の村が流されて以降、領主館としてではなく貴族の別荘として使われていたようだ」
ハモンは地図の上の屋敷の位置に色をつけた小石を置いた。
「クルス兵の数は?」
「屋敷の周りには常時200人、近くの草地には500人が野営している。まだ森の奥に隠れている可能性がある」
「そうでしょうね。国境を越えた兵の人数と一致しません」
マリナラは地図をじっと見つめた。どんな些細な情報も見落としてはならない。
屋敷の北には名もなき山が鎮座し、西にはさほど大きくないが川がある。東には小さい集落が点在しており、これといって大きな特徴のない立地である。
「山側から屋敷に行くことは可能ですか?」
「山の反対側に通じる坑道があったが、崩落の危険があり今は閉鎖されている」
マリナラの質問にはハモンが答えた。長年北方騎士団の団長を務めているハモンはマガンダの地理にも詳しい。
「川側はどうですか?」
「この時期は雪解け水で川は増水している。流れも速く渡っている間に兵に見つかる」
「……お嬢さん、そういう議論はやり尽くしてんだよ」
ハモンとのやり取りを見かねたキールが横やりを入れてきたが、マリナラは意図的に無視した。
「この屋敷ではどうやって食料を調達しているのでしょうか?まさかララ姫まで粗末な携帯食を食べているわけではないでしょう?」
いくらララ姫が我儘を言ったとしても、遠く離れたクルスから好みの食べ物を運ばせることはできない。
遠征においては兵站は現地調達が必定である。