初戦の敗走から2日後、キール、ニキ、ハモンの3人が集まる司令室には重苦しい雰囲気が漂っていた。

負傷者は多いものの死者が少なかったのは不幸中の幸いとしか言いようがない。

それはひとえに殿(しんがり)を務めたキールのおかげである。

しかし、サザール砦では負傷者よりも厄介な問題が発生している。

……士気の低下だ。

とりわけラルフと共に多くの戦場を渡り歩いてきたレジランカ騎士団の士気の低下は深刻だった。

どんな逆境にも屈することなく、僅かな活路をこじ開けるラルフはレジランカ騎士団の精神的支柱のような存在であった。

マガンダに大敗を喫し、心の拠り所まで失った今、キールひとりで何とかするにも限界がある。

人質交換の期限は3日、既に期日まで2日を切っている。

「あのう……団長は助けてもらえるのでしょうか……」

ニキは恐る恐るキールとハモンに尋ねた。

武人の家系ならではの特殊な教育を受けてきたニキは世間知らずなところがあった。

「エルバート殿下はまず人質交換に応じないでしょう」

「団長は庶子とはいえ王子ですわよ?」

「あの御方には国王代理として国民を守る義務がある。そこに王族である団長は含まれていないのさ」

エルバートの慈悲を請うなど、とんでもない愚行である。

「では……」

「……人質の価値がなくなったと分かれば殺される」

ハモンは苦悶の表情を浮かべた。

「私からもエルバート殿下に嘆願書を出したが、返事はない。ここでラルフ殿下を失うのはあまりに惜しいが……」

ハモンの認めた嘆願書がエルバートの元まで届いたかどうか定かではない。

よしんば届いたとしてエルバートが読むとは限らない。王太子と一軍人では背負っているものが違う。ハモンの願いをエルバートが聞きいれる謂れはない。

それでも万が一の可能性に賭けるしかないのだ。

人質交換の期限が刻一刻と迫る中、皆の焦りばかりが募っていく。

キールにはこの光景に見覚えがあった。誰もが最もらしい理由をつけてラルフを蔑ろにする。

……王城を追い出された時もそうだった。

(……もうたくさんだ)

キールは拳を硬く握りしめた。

「ハモン殿、今日中に返事が来なかった場合、俺はひとりでも団長を助けにいく」

「待て、キール。それではただの犬死だぞ。機会が来るまで待て!!」

「機会って……。この状況で他にどうしろと!!」

キールとハモンが言い争いを続ける最中、司令室に兵が飛び込んできた。

「失礼致します!!」

とうとうエルバートから返事が来たかと全員が身構える。

「マリナラ・レインフォールと名乗る方がレジランカからおいでです」

その名を聞くとキールは思わず天を仰ぎ、ニキとハモンは珍妙な顔で首を傾げた。

「あー…ハモン殿、とんでもない御方がおいでなすったぜ」

ただひとりキールだけが瞳に希望の光を灯していた。