ロウグ大臣は会議場の議長として、そして100を超えるフリント国王の臣下を束ねる国務大臣としてこれ以上の混乱を許容できなかった。
「エルバート殿下、人質交換に応じてください」
「ロウグ……大のラルフ贔屓のお前がそれを言うのか?」
「私はなにもラルフ殿下を贔屓しているからこのように申し上げているわけではありません」
ロウグ大臣は会議場中に響き渡るように朗々と述べた。
「エルバート殿下、リンデルワーグは四方を他国に囲まれている国です。平和な世であれば心強い味方ともなりましょうが、仮初の平和が崩れつつある今、どの国といつ敵対するか先が見えなくなりました。
貴方様が即位した折、良き相談相手として頼りにするべきは我々ではなく同じ国を愛する血を分けたご兄弟、アサイル殿下やラルフ殿下なのです。これ以上のお味方はどこにもいらっしゃいませぬ」
「私自身のためにラルフを助けよと申すのか?」
「はい。どうかお考えください」
エルバートは何かを思案するようにしばし目を瞑った。しかし、エルバートの答えは会議が始まる前からとうに決まっていた。
「サザール平原はマガンダには渡さぬ。人質交換には応じない。以上だ」
「殿下!!」
ロウグ大臣の悲痛な声は皆の同情を誘った。フリント国王の忠臣であり、エルバートに献身的に尽くすロウグ大臣の言葉をもってしてもエルバートの出した結論を覆すことができなかったのである。
「エルバート兄上、よろしいですか?」
この場で唯一エルバートと対等に話が出来る存在でもあるアサイルはそっと挙手した。
「アサイル、お前も文句があるのか?」
これまで政治の蚊帳の外に置かれているアサイルであったが、彼も王子の端くれであり会議場における発言が認めらる程には尊重されている。
「人質交換に応じない場合、サザール砦にいる騎士団だけではマガンダの侵攻を防ぐことは難しいと思いますが、どうするおつもりですか?」
「西方騎士団には援軍を送るように勅命を出した」
アサイルのたただでさえ青白い顔から更に血の気が引いていく。
「兄上、西から援軍を向かわせたとして、サザール砦まで最低でも5日はかかりますよ?団長不在の騎士団だけで援軍が来るまで持ちこたえられるかどうか……。最悪の場合、全滅してしまいます!!」
アサイルに指摘されずともエルバートにもそれくらい分かっていた。
「そもそも、ラルフが敵方に捉えられたのはレジランカ騎士団の失態だ。自分達で責任は負ってもらう」
アサイルは何も言い返すことができず押し黙った。
(最悪だ……)
政治については門外漢であるアサイルですらこの決断の是非を問われれば否と答えるだろう。ラルフを切り捨てた挙句にレジランカ騎士団を壊滅に追いやっては国民が黙っていない。
……エルバートは正しいが、正しいが故に誰もついてこられない。
エルバートとラルフは同じ天秤に乗った重石のようだとアサイルは常々思っていた。
エルバートに足りない情の部分をラルフが補い、ラルフに欠けている冷徹さをエルバートが担う。
絶妙な均衡を保っていた天秤はどちらを失っても大きく傾き瓦解する。