「義姉上、こちらの蝶を象ったレースはいかがでしょうか?自分では上手く編めたと思うのですが……」

エミリアの部屋に招待されたマリナラはテーブルにずらりと並べられた手芸作品の数々にやや辟易した。

エミリアには一切悪気がなくただただ厚意で結婚式の準備を手伝ってくれようしていることは理解しているが、その熱量がどうにもマリナラとは一致しない。

「ドレスやベールは無理でも手袋ぐらいは新しいものを編めるかしら……」

「エミリア様、そんなに張り切らなくとも王城の方々がよしなに取り図らってくださいますよ」

マリナラは今すぐにでもレースを編み出してしまいそうなエミリアをやんわりと諭した。

エミリアはツンとすまして、小さく咳払いをした。

「義姉上、あのような熱烈な……を見せつけられて張り切らないほうがおかしいですわ」

エミリアはうっとりと目を瞑り頬を赤らめた。思い出し笑いならぬ、思い出し照れである。

社交界から切り離された離宮で暮らしているエミリアにとって、あれは刺激が強かったのだろう。

「実は……以前、ロウグ大臣にご紹介いただいた女性が他の女性と兄上のことを話しているところに遭遇したことがあるのです」

エミリアはこれから話すことは内緒にしておいて欲しいと念を押した。

「兄上は何を言っても困ったように微笑むか、理由をつけて逃げるかのどちらかで、あれでは犬や猫の方が話しがいがあると……」

ラルフは社交的な性格ではあるが、宮廷の貴婦人相手への振る舞い方を学んでこなかった。

会いたくないと言われれば会いに行かないし、私と騎士団どちらが大事か尋ねられれば騎士団と正直に答える。

そもそも言葉の駆け引きを楽しむという発想がないのだ。

「ですから私、安心しましたの……。兄上はもしかしたら生涯独身でいるつもりではないかと思っておりましたから。義姉上、お願いですからどうか兄上をお見捨てにならないでくださいね」

マリナラにとってラルフは良き契約者であり、債権者である。それ以上でもそれ以下でもない。

契約以上のものを暗に期待されても困る。

けれども、エミリアの願いを無下に扱えないのは何故だろう。

遠回しに結婚を申し込まれたから?

それとも、ラルフとかわす口づけの心地よさを知ってしまったから?

(情に絆されている……?この私が……?)

よくわからない感情が膨れ上がったマリナラは何かを誤魔化すように、エミリアの話に熱心に聞き入ったのであった。