来客を待たせている天幕に入ると、胸元に鷹の刺繍を施した制服を着た青年が起立して待っていた。
「貴方がナイジェル将軍ですか?」
「……左様」
ナイジェルはもったいつけるように大仰に返事をした。
ナイジェルが四十をとうに超えているのに対し、レジランカ騎士団副団長は幾分も若かった。
「私はレジランカ騎士団副団長を務めております。キール・デルモンドと申します」
キールはその場に跪き、首を垂れた。
「それで、開戦前日に私に何用だ?敵陣の天幕に一人でやって来た度胸は買うが、この場で斬られようとも文句は言えぬぞ」
その証拠に天幕の内外にはマガンダ軍の精鋭がずらりと並んでいる。皆、一様にキールを怖い顔で睨みつけている。
「この度は拝謁の機会を賜り感謝致します」
キールの態度はマガンダ兵に囲まれているとは思えぬほど堂々としていた。
これには生粋の武人であるナイジェルも敵とはいえ好感を持った。
「ナイジェル将軍には私との取引にぜひ応じて頂きたい」
「取引だと?」
「レジランカ騎士団団長の首、欲しくはございませんか?」
ナイジェルは身を乗り出しそうになる気持ちを必死に抑えた。
「……理由を聞こう」
「あの男には散々失望させられている」
キールはナイジェルの表情が変わったことを敏感に感じ取ると、彼にとって耳障りの良さそうな台詞を思いつくままに語った。
「あの男は平民出身の下賤な男を私と同じ副団長に据え、あろうことか女を部隊長に任命した。歴史あるレジランカ騎士団を汚しているとしか思えない」
もちろん、キールは本心ではそのようなことをこれっぽっちも思ったことはない。
しかし、ナイジェルは違った。
キールは魚が餌に食らいついたことを確信した。
「私が団長になるにはあの男がどうしても邪魔なのです」
「なるほど……。有能な者が力を発揮できず燻っている状況は私にも身に覚えがある」
「表立って団長に反目したとあれば、処分を受けるのは私の方です。そこでぜひとも将軍のお力を借りたいのです。私があやつを誘き出しますので、あとは煮るなり焼くなりお好きになさって結構です」
「ほほう……。いいのか、仮にも上司と呼んだ男だぞ?」
「それくらい腑が煮え繰り返っているということでございます」
キールは努めて感情を表に出さずに淡々と語った。
「もしご協力頂けるようであれば明日の朝までに返事を頂戴したい」
「明日の朝?」
「我らが団長は長旅で疲れていると仰せです。明日は私が勧めた近くの温泉で湯に浸かるそうです」
「……は?」
悪い冗談とも言えるキールの言葉はナイジェルの逆鱗に触れた。
湧きあがった怒りをぶつける矛先が見つからず、ナイジェルは拳を強く握りしめた。
(戦場を何と心得ている……っ!!貴族の遊びとは訳が違うのだぞ!!)
命がけの戦を侮辱されたようで、ひたすら腹立たしかった。
「そなたのような男が副団長に甘んじているなど、リンデルワーグ王国は宝の持ち腐れだな」
「お褒めのお言葉ありがたく頂戴致します」
「返事は追って届けさせよう」
ナイジェルとの面会を終えマガンダの陣営を去ったキールは馬を走らせながら独りごちた。
「さあて、どうでるかな……」
手傷のひとつも負わずに無事に戻ってこられたことからも、感触はそう悪くはない。
この2日後、マガンダとの戦いの火蓋が切って落とされた。
しかし、その場にラルフの姿はなかったのであった。