レジランカ騎士団団長にしてリンデルワーグ王国第4王子の恋人発覚の知らせは、本格的な社交界シーズンを前に暇を持て余していた貴族たちの話題を一斉にさらった。

マリナラの思惑通り、恋人の命を救った英雄譚は多くの人を介してレジランカ中に広まっていった。

あの事件以来、マリナラがラルフの別宅に居座っていることも話の信ぴょう性を高めている。

街を歩けば聞こえてくるのは尾ひれがつき嘘か真か区別がつかぬラルフとマリナラの話題ばかりである。

(全く困ったものだ……)

訓練を終えたグレイは深いため息と共に詰所へと戻ってきた。悩ましげに眉間に皺を寄せる様子は、傍目に見ても疲労の色が濃い。

……それもこれも全てあの呑気な団長のせいである。

例の話題に振り回されているのは貴族だけでなく騎士団も同じであった。

団員は皆一様に心ここにあらずといった状態で、あきらかに集中力を欠いている者も出てきている。これが戦場だったら今頃全員首と胴が永遠の別れを遂げている。

規律を重んじる副団長としてはいい加減団員達の気を引き締めたいが……一喝してみたところであまり効果はみられなかった。

これまで職務一辺倒だったラルフが妻でもない女性を堂々と別宅に住まわせ、周りにはばかることなく寵愛を見せつけるようになり団員は俄に色めき立った。

規律を守る模範となるべき張本人が大いに規律を乱しまくっているこの状況で、誰がグレイの言うことなど聞くだろう。

恋人の存在は団員には大きく歓迎されていた。

女性の影がないことはラルフの美点でもあり欠点でもあった。

若い団員の中にはレジランカ騎士団団長たるものそれに見合った美しい女性が隣にあって欲しいというはた迷惑な理想を持つ者だっている。

これまでロウグ大臣が持ち込んだ縁談の中には社交界の華とも呼ばれる女性も数多く含まれていたが、いずれも成婚には至らなかった。

いかような手練手管でも篭絡されることのなかったラルフが惚れる女性とはいったい何者なのか。……家柄は。……容姿は。団員達の興味は尽きない。

上官でもあり王族の一員でもあるラルフを真正面から冷やかすような真似はできないが、誰もがあわよくば真相を確かめたいと遠巻きに見守っていた。

グレイは騎士団内に漂う浮ついた空気を振り払うように大きく首を振った。

……そう、グレイはこの時まで信じていたのだ。

ラルフの行動には何かしらの事情があり、おいそれと人には話せぬ理由があるのだと。