この日ノ本という国には、人間の考える常識とはかけ離れた存在が多く存在している。そしてこの山にも、普通には括られない存在が多く暮らしているのだ。山のてっぺんには烏天狗が暮らしていると聞くし、川の向こうにある洞窟には大蛇だったかな?
 そしてこの山に住んでいる私達親子も、話の流れで察しているかもしれないが、普通ではくくられない存在に含まれている。
 私と母は、狐のあやかしだ。母の言葉を借りるとすれば、化け狐。
 この山は暮らしやすい。水は綺麗だし、季節ごとの食物も多く存在する。だからこそ、この山を選び長年住んでいるのが多く居る。私達親子もその一つだ。
 けれど、母と向かい合って座っている私……そんな二人の間に居る狸、もとい、化け狸。
 変化のできるあやかし類の狸集落が、この山にあるとは聞いたことがなかった。ただ、隣の山には狸の集落がある、とは知り合いの烏天狗さんから聞いた話だ。
「多分そこの狸じゃないかな~」
「何で拾って来たのよ」
「だって、生きたいって言うから」
 それは正しく生き物としての生存本能だっただろう。いくらあやかしだ化け物だと言われても、命は存在して、その命を失うのは惜しい。
 基本的に化けて存在するあやかしの類は、今の世の中人の姿で居る方が多い。何故なら、その方が便利だからだ。原型の姿になることの方が珍しい。なるのは、まあ食事の確保の時とか、かな? ここら辺の話は、少し食物連鎖になってしまうので控えておこう。
 それなのに、彼は狸の姿で私の前に現れた。人の姿になることも出来ない程衰弱していたのだろう。
 母に捨てられた、が地雷の様だったので、その通りの出来事が起こったのだと思う。向こうの山の作物が育たなかったか、それとも別の理由があるのか。兎に角、母親から住んでいた土地から出ていくようにと言われ、拒否することも出来ず、ここまでやってきたのだ。少しは情けを掛けてあげても、罰は当たらないんじゃないかな? 寧ろ、善行をしていると思う。今までのいたずらとかチャラにならないかなあ。
 お土産の焼きトウモロコシの実を手でむしり取って、そのまま狸の前にぽろぽろと転がす。すると、狸はがつがつとそれを食すのだ。その姿が可愛らしくて、にまにまと笑みがこぼれてしまった。
 人間がペットとして動物を飼う道理が今までは良く分からなかったが、これは成程、癖になるし可愛がりたくもなる。
 もっと、もっとお食べ、と言わんばかりにどんどんとあげていると、母が深い溜息を吐いた。
「……生活が苦しくなったら、まずその狸を捨てるからね」
「分かった!」
 良かったねえ、と言いながら背中を撫でてやれば、狸は此方に顔を向けた。そしてそのまま私に向かって頭をぺこり、と下げる。そしてそのまま母の方にも顔を向けて、再度ぺこり。
 礼儀正しい彼の動作を見て、母はどこか悔しそうに歯を噛みしめていた。
「良い? うちの娘に手を出したら、許さないからね」
「実はさっき噛まれちゃったあ」
「今日は狸鍋ね」
 思わずぽろっと零した言葉に、母が過敏に反応すれば、狸も驚いて全身の毛をぶわっと逆立てた。それがとてもふわふわで、とても可愛い。
 やっぱり拾ってきて良かった。目の前の喧騒を気にせず、呑気にそんなことを考えていたのだった。