何かをどこかに置いてきてしまったような、そんな寂しい風が静かに音を立て、空気が澄み空は高くなる。
いつのまにか夏とのお別れをしていたようで、秋は沢山の実りを山々に施してくれていた。人々は季節の変わりに少し惑わされているようだが、人間とは順応していく生き物だ。
近々、この地域では秋の収穫を祝う祭が開催される。大抵の地域は夏祭りというのを開催するようだが、この地域では秋にも露店などが並ぶ祭りが開かれるのだ。
地元の子供達は、夏も、秋も、こうした季節の祭りを心待ちにしていた。
実際に、こうして説明をさせて頂いている私も、その中に含まれているのである。
母親に、毎回「気を付けるように」と言われて、今回も例に漏れず注意をされながらも身支度をしていく。
最近目にした着物女子、とやらのファッションにもちょっとチャレンジしてみたりして。洋風な帽子を被ったり、ストールを巻くのだそうだ。これを手に入れるのには大層苦労した。でも、私だって女の子なのだ、可愛い物には目が無い。頑張った、それはもう頑張ったとも。
こうして準備万端にして、私は祭を心待ちにしていた。
だが、何と運が悪いことか。お祭りの当日、祭りが開催されてからすぐに雨が降り出したのだ。
その季節によく降るような、細くてやわらかで単調な雨だった。人々は残念そうな声を零して、踵を返す者もいれば、傘をさしてそのまま屋台を満喫し続ける者もいた。
私は前者の方である。傘を持ってくるのを忘れてしまったのだ。
目的の食べ物は全然手に入っていなかったのに。そう溜息を吐いて、小ぶりな林檎飴を舐めながら、そのまま母の待つ家に向かって歩を進めた。お土産は焼きトウモロコシである。それしか買えなかったの。何度も言うけれど。
伸びっぱなしになっている野草には雨の雫が乗りかかり、重たそうに頭を下げている。そんな重い水を振り払ってあげるように、私は草むらの中を歩いていた。
降り続けている雨と、草に乗りかかっている水滴により、全身が濡れてしまった時、ふと、地面に何かが落ちているのを見つけた。
ここは人通りが無い。そうなると、自然と落ちているモノは限られてくる。そして私はそれを何度も目にしてきた。山育ちだ、慣れるのが普通というものだろう。
呑気に林檎飴を舐めながら、落ちているモノに近付いて覗き込んでみた。
それは、地面に転がる様にして倒れている狸だった。
「狸じゃん」
がりがりと齧っていた林檎飴を口元から離し、思わず声が口から零れた。
私の声でも聞こえたのか、狸の身体がピクリと動いて、閉じていた瞼ゆっくりと開き、此方に目を向けた。
「生きてんだ」
もうすっかり息絶えていると思っていたのに。大抵こういう時、生き物は死んでいる。それが自然の性、言われたらどうしようもないけれど。まあ彼等のような狸は、人里に下りるとよく命を落としている。今回は運よく山の中だったのも有り、人の手によって命は散らさないで済んだのかもしれない。まあ、肉食動物が現れない、という可能性は否定できないので、どっちみちだったのかもしれないが。
兎に角、反応があったことに驚きつつ、私の疑問の声を聞いた狸は、なんとゆっくりとその首を頷いたのだ。
その動作を見て、察する。
この狸は普通ではない、のだと。
声を掛けたら喜んでくれたり、向こうから話しかけてくれるような動物と出会う事は多々あったけれど、意味合いが違う。この狸は、野生の動物とは違う。
普通ではない、そう『そういう類』ではない。
小さく笑みを浮かべて、狸に近付くようにする。
「助けてほしい?」
少し意地の悪い問いかけだっただろう。林檎飴を再度齧りながら問えば、狸は少し悩むような間をあけてから、こくりと頷いた。
想像通り、というよりは希望通りの返答が来て、私の顔は満面の笑みになった。
「じゃあ助けてあげるね! 一緒に帰ろう!」
小さくなった林檎飴を口に銜えながら、ボロボロな狸を抱きかかえた。
どれほどここに居たのか分からないが、体温は雨に濡れて冷えに冷えていた。首に巻いていたストールで狸を包み込んだが、ストールも濡れていたからあまり意味は無かったかもしれない。だが、無いよりはマシだろうということで。
ストールを巻いてから抱きかかえた。片腕で抱えられるくらいで、随分小柄の狸。まだまだ子供なのだ。
林檎飴はそのまま口の中で砕き食べてしまう。残った割りばしを口に銜えながら、家に向かって足を進めた。きっとお母さんは驚くし、突然だから怒るかもしれないけれど、まあどうでも良いか。
「君さあ、あそこにいたけどお母さんたちは?」
私の問いかけに、狸は力なく首を横に振った。
「捨てられたんだ」
私の無遠慮な言葉を聞いて、狸は少しだけ目つきを悪くして、私の指をカプリと噛んできた。全然痛くない。体力も無いから力も入れられないんだろう。
「じゃあ良いじゃん。そのままうちで暮らしなよ」
かぷかぷ、と噛みながら、狸は驚いたように私を見てきた。
「うん、それが良い! ちょうど、喋り相手や遊び相手が欲しかったんだよね」
に、と小さく笑みを浮かべながら、私は家の敷地に足を踏み入れた。
古い古い、小さな木造建ての一軒家。母と娘だけで暮らす分には何も問題はないのでご安心を。ここに狸一匹増えても問題ないだろう。
「ただいまー!」
私の声がすると同時に、向こうから軽い脚音が近づいてくる。お母さんがお出迎えしてくれたのだろう。
にこにこと笑みを浮かべていれば、案の定迎えてくれたのはお母さんで、おかえりなさいと私の前で腰を下ろした。
『祭りは楽しかった?』
「結構序盤で雨降ってきちゃって、すぐ帰ってきたよ」
『その割には遅かったわね』
すると、自然と視線が下がったおかげで、目に入ったのだろう。私の腕の中に抱えられている存在、拾ってきた狸を。
お母さんは大層驚いたようで、後ろに比喩無しで飛び跳ねて、大きな声を上げて私を叱咤した。
『狐の娘が、化け狸を拾ってくるな!』
いつのまにか夏とのお別れをしていたようで、秋は沢山の実りを山々に施してくれていた。人々は季節の変わりに少し惑わされているようだが、人間とは順応していく生き物だ。
近々、この地域では秋の収穫を祝う祭が開催される。大抵の地域は夏祭りというのを開催するようだが、この地域では秋にも露店などが並ぶ祭りが開かれるのだ。
地元の子供達は、夏も、秋も、こうした季節の祭りを心待ちにしていた。
実際に、こうして説明をさせて頂いている私も、その中に含まれているのである。
母親に、毎回「気を付けるように」と言われて、今回も例に漏れず注意をされながらも身支度をしていく。
最近目にした着物女子、とやらのファッションにもちょっとチャレンジしてみたりして。洋風な帽子を被ったり、ストールを巻くのだそうだ。これを手に入れるのには大層苦労した。でも、私だって女の子なのだ、可愛い物には目が無い。頑張った、それはもう頑張ったとも。
こうして準備万端にして、私は祭を心待ちにしていた。
だが、何と運が悪いことか。お祭りの当日、祭りが開催されてからすぐに雨が降り出したのだ。
その季節によく降るような、細くてやわらかで単調な雨だった。人々は残念そうな声を零して、踵を返す者もいれば、傘をさしてそのまま屋台を満喫し続ける者もいた。
私は前者の方である。傘を持ってくるのを忘れてしまったのだ。
目的の食べ物は全然手に入っていなかったのに。そう溜息を吐いて、小ぶりな林檎飴を舐めながら、そのまま母の待つ家に向かって歩を進めた。お土産は焼きトウモロコシである。それしか買えなかったの。何度も言うけれど。
伸びっぱなしになっている野草には雨の雫が乗りかかり、重たそうに頭を下げている。そんな重い水を振り払ってあげるように、私は草むらの中を歩いていた。
降り続けている雨と、草に乗りかかっている水滴により、全身が濡れてしまった時、ふと、地面に何かが落ちているのを見つけた。
ここは人通りが無い。そうなると、自然と落ちているモノは限られてくる。そして私はそれを何度も目にしてきた。山育ちだ、慣れるのが普通というものだろう。
呑気に林檎飴を舐めながら、落ちているモノに近付いて覗き込んでみた。
それは、地面に転がる様にして倒れている狸だった。
「狸じゃん」
がりがりと齧っていた林檎飴を口元から離し、思わず声が口から零れた。
私の声でも聞こえたのか、狸の身体がピクリと動いて、閉じていた瞼ゆっくりと開き、此方に目を向けた。
「生きてんだ」
もうすっかり息絶えていると思っていたのに。大抵こういう時、生き物は死んでいる。それが自然の性、言われたらどうしようもないけれど。まあ彼等のような狸は、人里に下りるとよく命を落としている。今回は運よく山の中だったのも有り、人の手によって命は散らさないで済んだのかもしれない。まあ、肉食動物が現れない、という可能性は否定できないので、どっちみちだったのかもしれないが。
兎に角、反応があったことに驚きつつ、私の疑問の声を聞いた狸は、なんとゆっくりとその首を頷いたのだ。
その動作を見て、察する。
この狸は普通ではない、のだと。
声を掛けたら喜んでくれたり、向こうから話しかけてくれるような動物と出会う事は多々あったけれど、意味合いが違う。この狸は、野生の動物とは違う。
普通ではない、そう『そういう類』ではない。
小さく笑みを浮かべて、狸に近付くようにする。
「助けてほしい?」
少し意地の悪い問いかけだっただろう。林檎飴を再度齧りながら問えば、狸は少し悩むような間をあけてから、こくりと頷いた。
想像通り、というよりは希望通りの返答が来て、私の顔は満面の笑みになった。
「じゃあ助けてあげるね! 一緒に帰ろう!」
小さくなった林檎飴を口に銜えながら、ボロボロな狸を抱きかかえた。
どれほどここに居たのか分からないが、体温は雨に濡れて冷えに冷えていた。首に巻いていたストールで狸を包み込んだが、ストールも濡れていたからあまり意味は無かったかもしれない。だが、無いよりはマシだろうということで。
ストールを巻いてから抱きかかえた。片腕で抱えられるくらいで、随分小柄の狸。まだまだ子供なのだ。
林檎飴はそのまま口の中で砕き食べてしまう。残った割りばしを口に銜えながら、家に向かって足を進めた。きっとお母さんは驚くし、突然だから怒るかもしれないけれど、まあどうでも良いか。
「君さあ、あそこにいたけどお母さんたちは?」
私の問いかけに、狸は力なく首を横に振った。
「捨てられたんだ」
私の無遠慮な言葉を聞いて、狸は少しだけ目つきを悪くして、私の指をカプリと噛んできた。全然痛くない。体力も無いから力も入れられないんだろう。
「じゃあ良いじゃん。そのままうちで暮らしなよ」
かぷかぷ、と噛みながら、狸は驚いたように私を見てきた。
「うん、それが良い! ちょうど、喋り相手や遊び相手が欲しかったんだよね」
に、と小さく笑みを浮かべながら、私は家の敷地に足を踏み入れた。
古い古い、小さな木造建ての一軒家。母と娘だけで暮らす分には何も問題はないのでご安心を。ここに狸一匹増えても問題ないだろう。
「ただいまー!」
私の声がすると同時に、向こうから軽い脚音が近づいてくる。お母さんがお出迎えしてくれたのだろう。
にこにこと笑みを浮かべていれば、案の定迎えてくれたのはお母さんで、おかえりなさいと私の前で腰を下ろした。
『祭りは楽しかった?』
「結構序盤で雨降ってきちゃって、すぐ帰ってきたよ」
『その割には遅かったわね』
すると、自然と視線が下がったおかげで、目に入ったのだろう。私の腕の中に抱えられている存在、拾ってきた狸を。
お母さんは大層驚いたようで、後ろに比喩無しで飛び跳ねて、大きな声を上げて私を叱咤した。
『狐の娘が、化け狸を拾ってくるな!』