「ここは……」

 一軒の家の門を見上げ、璃世はつぶやいた。

 川沿いから小路に入り、ひょいひょいと進んでいく子ネコを必死に追いかけてきた。最後に茶トラのしっぽが入っていったのはたしかにここのはず。

 格子状の引き戸の隙間から、少しだけ中を覗いてみる。

 門からまっすぐに伸びた石畳のアプローチの先にある玄関引き戸には、生成色ののれんがかけられてある。どうやらお店のようだ。

 それなら――と思い切って足を踏み入れた。お店の人にお願いしたら、電話とタオルを貸してもらえるかもしれない。
 そんな安易な期待を抱いたのがそもそもの間違いだということを、このときの璃世は知る由もない。

「ごめん、くださーい……」

 のれんを片手でよけながら中に声をかける――が、なんの反応もない。

(誰もいないの……?)

 少し不安になり、周囲を見まわした。
 のれんがかけられた入り口は開いていたし、プレートの【営業中】も見間違いではない。
 ふと、のれんの端に描かれた黒い小さな招き猫が目に留まった。

(なんか今日はネコづいてるなぁ……)

 なんてのんきに考えている場合ではない。日が暮れてからどんどん気温が下がっている今。このままだと風邪を引いてしまうだろう。早く濡れた服をなんとかしなければと、意を決して玄関から一歩中に入ってみる。

 外側から見たときよりも意外と中は広かった。

 天井からはアンティークランプや金灯籠がぶら下がり、その下には猫足のローテーブルとソファー。それ以外はところ狭しと物が置かれていた。

 壁にかけられた絵画や古時計。ガラス戸棚には食器と西洋人形。陶磁器の大きな壺や、なぜか大きな招き猫の置物まである。

 古道具なのか骨董なのかアンティークなのか、とにかく和洋折衷のごった煮といった不思議な空間。
 まるでおとぎ話の中にでも迷い込んだような気持ちで、呆然と店内を見回していた。

「おい」
「きゃあっ!」

 突然後ろから声をかけられ、三十センチほど飛び上がりそうになった。
 振り向いて息をのむ。真後ろに着物姿の男性が立っていたのだ。

 年は二十代後半くらい。背は璃世より頭ひとつ分高い。そのうえ類まれなる容姿を持っている。
 和装のせいだろうか、“イケメン”というよりも“ハンサム”と呼ぶ方がふさわしく、着物に包まれていてもスラリと手足が長いことはすぐにわかる。

 とにかくこれまで一度も会ったことがないくらいの美丈夫にじっと見下ろされるなんて、ドキドキを通り越してそわそわしてしまう。

 うるさく騒ぐ心臓に気を取られかけたけれど、すぐにハッと気がついた。もしかして泥棒と間違えられているのかもしれない。慌てて状況を説明しようと口を開いたが、相手の方が一拍早かった。

「三矢田璃世」
「へ?」
「おまえ、三矢田璃世だろ?」
「えっ!」

 思ったよりも大きな声が出てしまい、慌てて口もとに手を当てる。どこかに名札でもついているのかと、自分の周りを見渡すけれどなにもない。