まねき亭へ帰りつくと、千里は冷たいお茶を璃世に出してくれた。
 昨日と同じ不思議な古道具に囲まれた猫足のローテーブルで、璃世は再び千里が出してくれたお茶を飲む。

 サラリとした口当たりとまろやかな甘み。一気にゴクゴクと飲み干した後、口から自然に「おいしい」という言葉がこぼれた。今やっと喉が渇いていたことに気づいたのだ。

 結局あのまま、千里に抱えられてまねき亭へと戻ってきた――ものの五分とかからずに。
どこをどう進んだのかまったくわからないが、行きとは全然違う道だということはわかる。あの鴨川デルタを見なかったからだ。

「そんなに近道があるなら教えてくれたらよかったのに」
「近道を教えただけでたどり着けるくらいなら、迷子にはならんと思うが?」

 あっさりと一蹴され、言い返したいが二日連続迷子の実績がある。頬をふくらませることしかできずにいるたら、千里がさらに追い打ちをかけてきた。

「そもそもあの道はおまえひとりでは無理だ」
「すみませんね、筋金入りの方向音痴で」

 そこまで言わなくてもとムッとしたら、「違う」と返ってきた。

「そういう意味じゃない。あれは実在の道ではないから人間には通れないということだ」
「実在の道じゃない?」

 サッパリ意味がわからない。
 思いきり眉根を寄せたら、千里が説明をくれた。

 璃世が取り残されていたのは“狭間(はざま)”――この世とあの世の間にある異空間。うまく使えば実在の場所を短時間で移動できるが、基本的にはこの世ならざる者たちの通路だと。

「しかもよりにもよってあんな場所に……ヘビの檻の中に放り込まれたカエルみたいなものだぞ」
「あんな場所って……」

 つぶやくと、「御所だ」と短く返ってきた。

「御所って……もしかして、京都御所のこと?」
「ああそうだ。おまえがいたのは京都の中でも一二を争う魑魅魍魎のたまり場だぞ」

 いくら璃世が京都のことに詳しくないといっても、京都御所くらいはわかる。長い間天皇の住まいであり、古くは(まつりごと)の中心だった場所だ。

 どうしてそんなところにあんなバケモノが。

「政治の世界なんて、あやかし顔負けの恐ろしい人間がわんさかといる。それこそ伏魔殿だ」

 権力が集まる場所は一見華やかに見えるが、実際は悲喜こもごも。様々な思惑や陰謀がうずまき、悲しみや怒り、恨みといった負の感情が絶えず存在する。そういう場所には魑魅魍魎が集まりやすいのだと千里は言った。

 それでも天皇の住まいや政治の場として機能していた頃には、それなりにまともな結界が張られていたが、あるじ不在になった今ではそれもない。
 千年以上かけて堆積した負の気は消えることはなく、あやかしにとってはまるで楽園。時々璃世のように迷い込んでくる人間がその餌食になる。

 それを聞いた璃世は、自分はそんな恐ろしい場所をひとりでさ迷っていたのかと改めて恐ろしくなった。

 千里が来なければいったいどうなっていたんだろう――なんて、考えただけで背筋が寒くなる。