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星さんの家でサトシさんと合流したわたしは、家までサトシさんに送ってもらうことになった。
帰り際、星さんはいつものように手を振って見送ってくれた。
「またね」
次はいつ会えますか? そう聞くことができなかった。
サトシさんの運転する車に揺られながら、窓の外を見ていると、星さんと行ったうどん屋さんが見えた。
「腹減っただろ? 何か食べて帰るか」
サトシさんがうどん屋さんに入ろうとしたのを咄嗟に止める。
「違うのがいい」
サトシさんは黙ってハンドルを戻すと、しばらくしてファミレスの駐車場に車を止めた。
「ここならなんでもあるから大丈夫だろ」
そう言いながら店に入る。
サトシさんはトンカツ定食、わたしはグラタンを注文した。
家族連れで賑わう店内をみていたら、
「お母さん、……亡くなったんですか」
そう尋ねていた。いつか聞こうと思っていたことだった。本当に聞きたいことは別にあるような気がするのに、初めに出てきたのがそのことだった。
「いや、どっかで生きてるよ。田舎だと噂がすぐに広まるだろ。俺が教師になったから、何かいろいろ考えて出ていったんだ」
会いたいかと聞かれたけれど、正直分からない。どちらかと言うと会いたくない。
定食が運ばれてきた。
サトシさんはわたしの答えを気にする風でもなく、話題は事件のことになった。
「わたし松崎刑事のことを疑ってました」
「ああ見えていい人だよ。松本議員のこともかなり前から調べてたみたいだ。選挙資金を稼ぐためにクスリを売り捌いてたらしい」
そして今回、警察内部にいた松本議員の息のかかった人物を逮捕することができたというわけだ。
「子どもたちもみんな元気になって良かったですね」
サトシさんは定食の中の小鉢をわたしの方によこす。インゲンのピーナッツ和えだ。
「食べないんですか?」
「アレルギーなんだ」
「えっ……」
驚くわたしの前で、サトシさんは美味しそうにトンカツを食べている。
わたしは小鉢の中をまじまじと見つめる。あの日、給食のメニューにも同じ物があった。サトシさんがアレルギーとは知らずに食べてしまった。
「もしかして、あの日サトシさんが一番酷い状態だったのって……」
「俺も今回のことで初めて知った。だから気にするな」
悄気返るわたしに、サトシさんはトンカツを一切れ差し出す。
「ほら」
子どもにするみたいに、食べさせてくれようとするのを、仕方なく口を開けてかぶりつく。
その瞬間シャッター音が聞こえた。
サトシさんの左手にはスマホが握られている。
「何してるんでふか」
口の中のトンカツが思いの外熱くて、はふはふしながら覗き込む。
「星と喧嘩したんだろ? これ見たら飛んでくるかも」
「えっ!」
サトシさんは止める間もなく、その間抜けな顔でトンカツをアーンされているわたしの写真を星さんに送ってしまった。
「な、なんてことするんですかー」
サトシさんのスマホを取り上げようと手を伸ばすのに、サトシさんの長い手がわたしの頭をくしゃくしゃと撫でながら押さえていて手が届かない。
そのくすぐったさに、兄妹の距離が縮まったのを感じながら、わたしの長い事件簿は幕を閉じたのだった。
星さんの家でサトシさんと合流したわたしは、家までサトシさんに送ってもらうことになった。
帰り際、星さんはいつものように手を振って見送ってくれた。
「またね」
次はいつ会えますか? そう聞くことができなかった。
サトシさんの運転する車に揺られながら、窓の外を見ていると、星さんと行ったうどん屋さんが見えた。
「腹減っただろ? 何か食べて帰るか」
サトシさんがうどん屋さんに入ろうとしたのを咄嗟に止める。
「違うのがいい」
サトシさんは黙ってハンドルを戻すと、しばらくしてファミレスの駐車場に車を止めた。
「ここならなんでもあるから大丈夫だろ」
そう言いながら店に入る。
サトシさんはトンカツ定食、わたしはグラタンを注文した。
家族連れで賑わう店内をみていたら、
「お母さん、……亡くなったんですか」
そう尋ねていた。いつか聞こうと思っていたことだった。本当に聞きたいことは別にあるような気がするのに、初めに出てきたのがそのことだった。
「いや、どっかで生きてるよ。田舎だと噂がすぐに広まるだろ。俺が教師になったから、何かいろいろ考えて出ていったんだ」
会いたいかと聞かれたけれど、正直分からない。どちらかと言うと会いたくない。
定食が運ばれてきた。
サトシさんはわたしの答えを気にする風でもなく、話題は事件のことになった。
「わたし松崎刑事のことを疑ってました」
「ああ見えていい人だよ。松本議員のこともかなり前から調べてたみたいだ。選挙資金を稼ぐためにクスリを売り捌いてたらしい」
そして今回、警察内部にいた松本議員の息のかかった人物を逮捕することができたというわけだ。
「子どもたちもみんな元気になって良かったですね」
サトシさんは定食の中の小鉢をわたしの方によこす。インゲンのピーナッツ和えだ。
「食べないんですか?」
「アレルギーなんだ」
「えっ……」
驚くわたしの前で、サトシさんは美味しそうにトンカツを食べている。
わたしは小鉢の中をまじまじと見つめる。あの日、給食のメニューにも同じ物があった。サトシさんがアレルギーとは知らずに食べてしまった。
「もしかして、あの日サトシさんが一番酷い状態だったのって……」
「俺も今回のことで初めて知った。だから気にするな」
悄気返るわたしに、サトシさんはトンカツを一切れ差し出す。
「ほら」
子どもにするみたいに、食べさせてくれようとするのを、仕方なく口を開けてかぶりつく。
その瞬間シャッター音が聞こえた。
サトシさんの左手にはスマホが握られている。
「何してるんでふか」
口の中のトンカツが思いの外熱くて、はふはふしながら覗き込む。
「星と喧嘩したんだろ? これ見たら飛んでくるかも」
「えっ!」
サトシさんは止める間もなく、その間抜けな顔でトンカツをアーンされているわたしの写真を星さんに送ってしまった。
「な、なんてことするんですかー」
サトシさんのスマホを取り上げようと手を伸ばすのに、サトシさんの長い手がわたしの頭をくしゃくしゃと撫でながら押さえていて手が届かない。
そのくすぐったさに、兄妹の距離が縮まったのを感じながら、わたしの長い事件簿は幕を閉じたのだった。